三 (承前) 甲斐国の南巨摩(みなみこま)郡、万沢(南部町)に武田勢の陣が布かれていた。 その一角に、数名の漢(おとこ)が集まっている。家宰の荻原(おぎわら)昌勝(まさかつ)を囲み、土屋昌遠(まさとお)、柳沢貞興(さだおき)、飯田虎春(とらはる)、加藤虎景(とらかげ)らが険しい面持ちで膝をつき合わせていた。 どうやら、武田信虎(のぶとら)の最側近だけで密談が行われているらしい。 「本日、都留(つる)の信友(のぶとも)殿から早馬で一報が届いたのだが、少々、厄介なことになりそうだ」 荻原昌勝が言った信友殿とは、武田信虎の腹違いの弟である。 勝沼信友は小山田信有(のぶあり)と共に甲斐、相模、駿河の国境が入り組む都留郡において、今川と北条の双方に相対していた。 「……いかなる厄介事にござりまするか?」 柳沢貞興が上目遣いで訊く。 「小田原城の北条氏綱(うじつな)が動いたようだ。伊豆と相模の兵を集め、箱根を越えて都留郡へ向かっているらしい」 「われらがこの万沢口で今川の軍勢と睨み合っている間に、北条が都留の方面から新府へ迫ろうという狙いにござりまするか。して、勝沼殿は、北条勢の兵数をいかほどぐらいと見ておられまする?」 「小田原からの兵だけで、ゆうに一万は超えているのではないかと伝えてきた。さらに大沼鮎沢の御厨(みくりや)(後の御殿場)辺りで合流する伊豆の兵を加えれば、相当な数となるであろう。しかも、周囲の地頭どもを糾合し、進軍しながら軍勢に加えているそうな」 荻原昌勝の言葉に、他の者たちは思わず眉をひそめた。 飯田虎春が小声で呟く。 「……どうも聞けば聞くほど、少々の厄介とは思えませぬな」 「貞興、都留にはどのくらいの兵がいたであろうか?」 土屋昌遠が後輩の柳沢貞興に訊く。 「勝沼殿と小山田の兵を合わせても二千五百ほど、三千には満たぬと思いまするが」 「数だけで較べれば、とても互角に戦えるとは思えませぬ。常陸守(ひたちのかみ)殿、御屋形様には、お知らせいたしましたか?」 「お知らせする前だから、そなたらに相談したのではないか。報告してしまえば、すぐに御命令が下るであろう。御屋形様ならば、『この万沢で今川氏輝(うじてる)を叩いてから都留へ向かうゆえ、それまで凌(しの)いでおけと伝えよ』とでも仰せになるはずだ。それがわかっておるからこそ、何か良い献策がないかと思うた。このままでは都留の信友殿が危ういからの。もしも、信友殿が戦わずに退けば、北条勢が新府まで押し寄せる恐れがある。逆に、戦えば全滅もあり得るであろうて」 荻原昌勝は渋面(しぶづら)で言った。