連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志4 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「動(いご)くなと言ったのに、おまんら、調子(ちょんこ)ずくなよ!」
「待て、待て。ことを荒立てるつもりはないゆえ、とにかく、その鋤や鍬をおろしてくれ」
「おまん、やぶせっていなぁ!」
 髭面が鍬を振り上げて叫ぶ。
「お前はうるさい」
 そんな意味の方言だった。
「ぱっぱとやっちまおうずら」
 隣にいた馬面の漢も鋤を振り上げる。
「どうやら話だけでは解決せぬようだな。仕方があるまい」
 信方は眼を細め、静かに愛刀を抜く。
 その所作を見て、農民たちは息を呑み、後退りする。
「板垣……」
 太郎が心配そうに声を漏らす。
「若、ご心配なく。こやつらには本身を使うまでもありませぬゆえ、これをお願いいたしまする」
 信方は己の愛刀を太郎に渡す。
 それから、腰元に差していた刀の鞘を抜く。
「うぬらには、これで充分だ」
 不敵な笑みを浮かべ、信方は右手だけで鞘を構えた。
「なめくさって。めた馬鹿が。ちょびちょびしとると、しょうずけるぞ」
 髭面が両目尻を吊り上げる。「いい気になってると怒るぞ」という意味だった。
「まくってやる! ぶっさらえ!」
 馬面が「やってしまえ」と吠え、他の者も一斉に得物で襲いかかる。
 その動きを予測していたように、信方は身を翻し、眼にも止まらぬ疾(はや)さで鞘を振るう。
 得物を摑んだ手の甲、振り上げた肘、無防備な首筋などを痛打し、次々に五人を倒す。ほんの一呼吸の出来事だった。
「……あでででぇ」
 悲鳴を上げながら、農民たちは地面でのたうち廻っていた。
「おまんら、ましょくにあわんこと、しちょし。わかっつら」
 信方はあえて方言で言い放つ。
「お前たち、間尺に合わないことは止めなさい。わかっただろう」
 そんな意味だった。
「相変わらず凄いな、板垣」
 太郎は預かった本身を差し出す。
「若、ありがとうござりまする」
 信方は愛刀を受け取り、流麗な所作で鞘に収めた。
「なにゆえ、いきなりかような乱妨狼藉(らんぼうろうぜき)を働く。訳を話してみよ」
 そう言われた髭面は、半泣きになりながら理由を話し始める。
 それによれば、原因は昨年の押立公事にあるという。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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