「動(いご)くなと言ったのに、おまんら、調子(ちょんこ)ずくなよ!」 「待て、待て。ことを荒立てるつもりはないゆえ、とにかく、その鋤や鍬をおろしてくれ」 「おまん、やぶせっていなぁ!」 髭面が鍬を振り上げて叫ぶ。 「お前はうるさい」 そんな意味の方言だった。 「ぱっぱとやっちまおうずら」 隣にいた馬面の漢も鋤を振り上げる。 「どうやら話だけでは解決せぬようだな。仕方があるまい」 信方は眼を細め、静かに愛刀を抜く。 その所作を見て、農民たちは息を呑み、後退りする。 「板垣……」 太郎が心配そうに声を漏らす。 「若、ご心配なく。こやつらには本身を使うまでもありませぬゆえ、これをお願いいたしまする」 信方は己の愛刀を太郎に渡す。 それから、腰元に差していた刀の鞘を抜く。 「うぬらには、これで充分だ」 不敵な笑みを浮かべ、信方は右手だけで鞘を構えた。 「なめくさって。めた馬鹿が。ちょびちょびしとると、しょうずけるぞ」 髭面が両目尻を吊り上げる。「いい気になってると怒るぞ」という意味だった。 「まくってやる! ぶっさらえ!」 馬面が「やってしまえ」と吠え、他の者も一斉に得物で襲いかかる。 その動きを予測していたように、信方は身を翻し、眼にも止まらぬ疾(はや)さで鞘を振るう。 得物を摑んだ手の甲、振り上げた肘、無防備な首筋などを痛打し、次々に五人を倒す。ほんの一呼吸の出来事だった。 「……あでででぇ」 悲鳴を上げながら、農民たちは地面でのたうち廻っていた。 「おまんら、ましょくにあわんこと、しちょし。わかっつら」 信方はあえて方言で言い放つ。 「お前たち、間尺に合わないことは止めなさい。わかっただろう」 そんな意味だった。 「相変わらず凄いな、板垣」 太郎は預かった本身を差し出す。 「若、ありがとうござりまする」 信方は愛刀を受け取り、流麗な所作で鞘に収めた。 「なにゆえ、いきなりかような乱妨狼藉(らんぼうろうぜき)を働く。訳を話してみよ」 そう言われた髭面は、半泣きになりながら理由を話し始める。 それによれば、原因は昨年の押立公事にあるという。