「確かに、それが常道であろう。されど、一戦交えるにしても、信友殿の救援には向かわねばならぬ。その時は虎春、そなたが殿軍を受け持つという前提での具申と考えてよいのだな?」 荻原昌勝はわざと意地悪な問いを発する。 「そ、それは、御屋形様の御下命次第ということで……。救援と申しても、都留郡は富士御嶽の反対側にござりまする。裾野を廻り込んでも二十里(八十`)近くあり、相当の時が必要となるのでは」 虎春が言ったように、勝沼信友が北条勢を迎え撃とうとしている南都留は富士山の反対側に位置しており、軍勢が移動するには陣払いにかかる時間を加えて、少なくとも二日以上は必要だった。 「こうなることは、御屋形様も読んでおられた。たまさか、予想していたよりも北条勢の数が多くなってしまっただけだ。なんとか信友殿に堪(こら)えていただくしかあるまい」 「ならば、今川にはすぐ戦いを仕掛けた方がよかろう」 これまで黙って話を聞いていた加藤虎景が意見を述べる。 「今夜にでも夜襲をかけるというのはどうか。もちろん、この策を具申したそれがしが、責任を持って敵陣へ乗り込むつもりだ」 「それは頼もしい。ならば、皆にも訊いておきたい。ここで今川と一戦を交えるということでよいか?」 荻原昌勝は他の者たちに念を押す。 「異議ありませぬ」 そう答えた土屋昌遠をはじめとし、他の者たちも頷く。 「ならば、われらの総意はまとまったと考え、御屋形様にご報告をしてくる」 側近たちの意見をまとめた荻原昌勝が立ち上がった。 その足で、主君の本陣へ向かう。 信虎は幔幕(まんまく)内の帟(ひらはり)でいつものように大盃を傾けていた。 「御屋形様、おくつろぎのところ、失礼いたしまする」 昌勝は片膝をつき、頭を下げる。 「どうした、常陸。さように浮かぬ面をして。北条でも動いたという報告か」 こともなげに言い、信虎は酒を吞み干す。 差し出された大盃に、荻原虎重(とらしげ)が恭しく酒を注ぐ。この者は昌勝の嫡男であり、信虎の近習頭{きんじゅがしら}を務めていた。 「いつもながらの御慧眼(ごけいがん)に懼(おそ)れ入りまする」 「して、いかほどの兵を引き連れてきた?」 「それが……」 昌勝は少し表情を曇らせる。 「……一万をゆうに超えているのではないかと」 「ほう、氏綱もずいぶんと気張ったものだな。伊勢宗瑞(そうずい)から代替わりをしても、今川頼りであることに変わりはないということか。われらを挟撃するような気分で出張ってきたのであろうて。まあ、信友には少しの間だけ持ち堪えよと伝えておけ」 信虎の答えは、家宰や側近たちの思った通りだった。