連載
新 戦国太平記 信玄
第一章 初陣立志14 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   六   (承前)

 原(はら)虎胤(とらたね)が率いる先鋒(せんぽう)が鬨(とき)の声もなく、息を殺したまま次々と門内へと吸い込まれていく。その様を、晴信(はるのぶ)は緊張した面持ちで凝視し、討ち入りの時を待っていた。
 次に諸角(もろずみ)虎定(とらさだ)の隊が城内に侵入し、三の曲輪(くるわ)と二の曲輪の制圧に向かう。
「信房(のぶふさ)、そなたは若の御側を決して離れるな。この身と二人で守り切るぞ。いざとなったならば、わかるな」
 信方(のぶかた)は近習(きんじゅう)の教来石(きょうらいし)信房に耳打ちする。
「心得ておりまする」
「よし。頼んだぞ」
 信方は諸角隊が城門の中へ消えたのを見計らい、晴信に言う。
「若、それでは、われらも参りましょう。焦る必要はありませぬ。鬼美濃(おにみの)が開いた経路を辿り、真っ直ぐに主郭(おもぐるわ)を目指しましょう」
「わかった」
 晴信は二間槍(にけんやり)を握り直しながら頷(うなず)く。 
「いくぞ!」
 信方の押し殺した掛け声とともに、本隊が動き始める。
 胃の腑(ふ)に熱く滾(たぎ)る蛮勇を感じながら、晴信も城門をくぐる。
 ――これは、わが初陣だ。何があろうとも、眼を逸らさぬ。
 もはや降りしきる雪も気にならなくなっていた。
 城内に入ると遠くから、途切れ途切れに怒声が響いてくる。すでに各所で戦いが起こっているようだ。
 三の曲輪に入ると、諸角虎定の兵がいたるところで敵に槍を突きつけ、捕縛を開始している。相手の反撃があった形跡はなく、おそらくはほとんどの者が寝入っており、何が起こったかわからなかったのであろう。諸角隊の足軽たちが、血走った眼を丸くしている敵を縄で縛り、数珠繋ぎにしていく。
 その様を横目で見ながら、晴信は二の曲輪へ向かう。
 信方も先を急ぎながら話しかける。
「若、伊賀守(いがのかみ)が申した通り、敵はわれらの撤退を信じて疑わず、酒をくろうて寝入っていたようにござりまする」
「追撃は考えていなかったということか」
「おそらくは。われらにとっては好都合にござりまする。ここまでは上出来」
「上手くいきすぎているように思えぬでもない。油断は禁物だ」
 晴信は五感を研ぎ澄まし、辺りを用心深く見回しながら奥へと進む。興奮のせいで體(からだ)が火照っているのだが、鼻孔と頭の芯だけが妙にひんやりと醒(さ)めていた。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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