六 (承前) 原(はら)虎胤(とらたね)が率いる先鋒(せんぽう)が鬨(とき)の声もなく、息を殺したまま次々と門内へと吸い込まれていく。その様を、晴信(はるのぶ)は緊張した面持ちで凝視し、討ち入りの時を待っていた。 次に諸角(もろずみ)虎定(とらさだ)の隊が城内に侵入し、三の曲輪(くるわ)と二の曲輪の制圧に向かう。 「信房(のぶふさ)、そなたは若の御側を決して離れるな。この身と二人で守り切るぞ。いざとなったならば、わかるな」 信方(のぶかた)は近習(きんじゅう)の教来石(きょうらいし)信房に耳打ちする。 「心得ておりまする」 「よし。頼んだぞ」 信方は諸角隊が城門の中へ消えたのを見計らい、晴信に言う。 「若、それでは、われらも参りましょう。焦る必要はありませぬ。鬼美濃(おにみの)が開いた経路を辿り、真っ直ぐに主郭(おもぐるわ)を目指しましょう」 「わかった」 晴信は二間槍(にけんやり)を握り直しながら頷(うなず)く。 「いくぞ!」 信方の押し殺した掛け声とともに、本隊が動き始める。 胃の腑(ふ)に熱く滾(たぎ)る蛮勇を感じながら、晴信も城門をくぐる。 ――これは、わが初陣だ。何があろうとも、眼を逸らさぬ。 もはや降りしきる雪も気にならなくなっていた。 城内に入ると遠くから、途切れ途切れに怒声が響いてくる。すでに各所で戦いが起こっているようだ。 三の曲輪に入ると、諸角虎定の兵がいたるところで敵に槍を突きつけ、捕縛を開始している。相手の反撃があった形跡はなく、おそらくはほとんどの者が寝入っており、何が起こったかわからなかったのであろう。諸角隊の足軽たちが、血走った眼を丸くしている敵を縄で縛り、数珠繋ぎにしていく。 その様を横目で見ながら、晴信は二の曲輪へ向かう。 信方も先を急ぎながら話しかける。 「若、伊賀守(いがのかみ)が申した通り、敵はわれらの撤退を信じて疑わず、酒をくろうて寝入っていたようにござりまする」 「追撃は考えていなかったということか」 「おそらくは。われらにとっては好都合にござりまする。ここまでは上出来」 「上手くいきすぎているように思えぬでもない。油断は禁物だ」 晴信は五感を研ぎ澄まし、辺りを用心深く見回しながら奥へと進む。興奮のせいで體(からだ)が火照っているのだが、鼻孔と頭の芯だけが妙にひんやりと醒(さ)めていた。