三の曲輪を出て、二の曲輪へ登っていくと、ひときわ怒声が大きくなってくる。扉の開いた広間へ乗り込むと、血に染まった敵兵の骸(むくろ)が視界に入ってきた。 ――さすがに、ここまで来れば、無抵抗というわけにはいかぬか……。 晴信は身を強ばらせて立ち止まる。 その刹那だった。 背後で大きな音が響く。 晴信と信方が同時に振り向くと、今し方、通った二の曲輪の扉が閉められ、見覚えのない足軽たちが並んでいた。 「おい、かかったぞ! 裏木戸も閉めよ!」 敵兵と思しき二十数名の中で、中心にいる者が叫ぶ。 その途端、主郭へと続く裏木戸の扉が閉められ、やはり二十数名の敵兵が立ちはだかる。 ――しまった! 待ち伏せか! そう思いながら、晴信は槍を手に低く身構える。 周囲には信方と教来石信房を含め、二十名ほどの槍足軽しかいない。前後にいた兵たちと完全に分断されている。 「この上等な具足は、狙い通りの獲物だ! 一気にかかって仕留めるぞ!」 敵の足軽頭(がしら)と思(おぼ)しき兵が反対側にいる者に向かって叫ぶ。 それに従い、敵兵は円形に広がる。 「静まれい!」 鬼相の信方が大音声(だいおんじょう)を発し、槍を一振りする。 その迫力に、周りを囲んだ敵兵たちが半歩だけ後退(あとずさ)りした。 「つまらぬ足搔 (あが)きは止めておけ! おとなしく縄目を受けるならば、命だけは助けてやる!」 信方は胸を反らして仁王立ちになる。 「……ひ、怯(ひる)むな。相手は……われらの半分しかいない!」 敵の足軽頭は信方の威嚇(いかく)を跳ね返すように槍を構える。他の敵兵もそれに倣(なら)った。 その背後で、今度は外から扉を叩くけたたましい音が響く。晴信たちと分断された後続の隊が異変に気づき、二の曲輪の扉を破ろうとしているようだ。 「虚勢はそこまでにしておけ! すぐにわれらの味方が扉を破って乗り込んでくるぞ! それに、うぬらに褒美をくれる主(あるじ)は、もうこの世に居らぬ! 今頃は主郭で首だけになっておるぞ! 命を粗末にするな!」 信方は敵方と駆け引きをしながら、味方の兵を動かす。 晴信を囲むように、二十名ほどの槍足軽が円陣を組む。 「うるさい! かかれ!」 敵の足軽頭が叫び、自ら信方に突きかかる。 槍を下げていた信方は、その一撃を片手だけで軽々と弾く。 敵の足軽頭はその膂力(りょりょく)に驚き、思わず後方に下がる。 二人は間合を量って睨(にら)み合う。互いに同じ得物(えもの)ならば、当然のことながら初手を合わせただけで技量の違いがわかる。 「怯むな! 槍衾(やりぶすま)を見舞え!」 敵の足軽頭が怒声を発する。