連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志14 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 三の曲輪を出て、二の曲輪へ登っていくと、ひときわ怒声が大きくなってくる。扉の開いた広間へ乗り込むと、血に染まった敵兵の骸(むくろ)が視界に入ってきた。
 ――さすがに、ここまで来れば、無抵抗というわけにはいかぬか……。
 晴信は身を強ばらせて立ち止まる。
 その刹那だった。
 背後で大きな音が響く。
 晴信と信方が同時に振り向くと、今し方、通った二の曲輪の扉が閉められ、見覚えのない足軽たちが並んでいた。
「おい、かかったぞ! 裏木戸も閉めよ!」
 敵兵と思しき二十数名の中で、中心にいる者が叫ぶ。
 その途端、主郭へと続く裏木戸の扉が閉められ、やはり二十数名の敵兵が立ちはだかる。
 ――しまった! 待ち伏せか!
 そう思いながら、晴信は槍を手に低く身構える。
 周囲には信方と教来石信房を含め、二十名ほどの槍足軽しかいない。前後にいた兵たちと完全に分断されている。
「この上等な具足は、狙い通りの獲物だ! 一気にかかって仕留めるぞ!」
 敵の足軽頭(がしら)と思(おぼ)しき兵が反対側にいる者に向かって叫ぶ。
 それに従い、敵兵は円形に広がる。
「静まれい!」
 鬼相の信方が大音声(だいおんじょう)を発し、槍を一振りする。
 その迫力に、周りを囲んだ敵兵たちが半歩だけ後退(あとずさ)りした。
「つまらぬ足搔 (あが)きは止めておけ! おとなしく縄目を受けるならば、命だけは助けてやる!」
 信方は胸を反らして仁王立ちになる。
「……ひ、怯(ひる)むな。相手は……われらの半分しかいない!」
 敵の足軽頭は信方の威嚇(いかく)を跳ね返すように槍を構える。他の敵兵もそれに倣(なら)った。
 その背後で、今度は外から扉を叩くけたたましい音が響く。晴信たちと分断された後続の隊が異変に気づき、二の曲輪の扉を破ろうとしているようだ。
「虚勢はそこまでにしておけ! すぐにわれらの味方が扉を破って乗り込んでくるぞ! それに、うぬらに褒美をくれる主(あるじ)は、もうこの世に居らぬ! 今頃は主郭で首だけになっておるぞ! 命を粗末にするな!」
 信方は敵方と駆け引きをしながら、味方の兵を動かす。
 晴信を囲むように、二十名ほどの槍足軽が円陣を組む。
「うるさい! かかれ!」
 敵の足軽頭が叫び、自ら信方に突きかかる。
 槍を下げていた信方は、その一撃を片手だけで軽々と弾く。
 敵の足軽頭はその膂力(りょりょく)に驚き、思わず後方に下がる。
 二人は間合を量って睨(にら)み合う。互いに同じ得物(えもの)ならば、当然のことながら初手を合わせただけで技量の違いがわかる。
「怯むな! 槍衾(やりぶすま)を見舞え!」
 敵の足軽頭が怒声を発する。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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