相手の怖気(おじけ)を見切った信方は、すっと腰を落とし、無造作に中段の突きを放つ。 敵はかろうじて、その切先を弾く。 それを予想していたかの如く、さらに深い踏み込みで信方が上中下と連撃を繰り出す。それを捌(さば)きながら、相手は後退りし、為す術もなく逃げ回る。実力の差は歴然としていた。 しかし、敵の足軽頭には狙いがあった。相手の連撃が途切れた刹那、裂帛(れっぱく)の気合で踏み込み、信方の喉笛を目がけて渾身(こんしん)の突きを放つ。 槍というものはわずかでも引かなければ、新たな一撃を出せない。その一瞬の隙を狙った姑息(こそく)な一撃だった。 晴信をはじめとし、周囲で見ていた者たちは思わず呼吸を止める。そして、信じられない光景が眼に映った。 敵の足軽頭が放った槍先を、なんと、信方は左手の籠手(こて)で弾いたのである。 当然のことながら捨身の一撃をすかされた相手の體が泳ぎ、その体勢を見逃さず、信方は右手一本で槍を突き出し、敵の足軽頭の喉仏に打ち込む。 「ぐぼぉ」 奇妙な声を上げ、敵の足軽頭が眼を見開く。 信方が素早く槍を引くと、血飛沫(ちしぶき)を撒(ま)き散らしながら敵が倒れ、床を転がってから虚空を睨むようにして止まる。裂かれた喉仏からは鞴(ふいご)の如く空気が漏れ、夥(おびただ)しい血が溢れ出た。 「初手を合わせた時点で、うぬの負けは明らかであった。なにゆえ、それがわからぬか」 信方は絶命した相手を憐れむように見下ろしていた。 「……う、うおおおぉ」 正気を失ったような叫び声を上げ、別の敵足軽が突きかかってくる。 つられるように他の敵兵も動き、そこからは乱戦となった。 無闇に突きかかってくる敵兵の槍先を、晴信も必死で捌く。その背を守るように、教来石信房が敵の前に立ちはだかる。 信方の圧倒的な強さを目の当たりにした味方の兵は、数に劣っていても臆してはいない。倍の敵を相手に奮闘する。 乱戦でがら空きとなった扉が、晴信の視界に入る。 ――あの閂(かんぬき)を抜けば、後続の者を招き入れることができる! 「信房、後ろを頼む!」 晴信はぴたりと背中を合わせるように動く教来石信房に命じる。 「御意!」 腰の退けた敵の足軽に、晴信が槍の連撃を見舞い、後方に転倒させる。その喉笛に切先を見舞ってから、扉に駆け寄った。 晴信は何も考えずに宙に飛び、扉の閂を蹴り上げる。 乾いた音を立て、閂の角材が床に転がった。 二の曲輪の扉は晴信によって再び開け放たれ、後続の隊を率いる多田(ただ)満頼(みつより)が飛び込んでくる。 「若君、御無事にござりまするか!?」 「ああ、大丈夫だ!」 「待ち伏せとは姑息な! 許さぬぞ!」 多田満頼は残った敵兵の中に突き入る。 形勢は一気に逆転し、味方の兵が次々に敵を倒していく。