連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志14 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 相手の怖気(おじけ)を見切った信方は、すっと腰を落とし、無造作に中段の突きを放つ。
 敵はかろうじて、その切先を弾く。
 それを予想していたかの如く、さらに深い踏み込みで信方が上中下と連撃を繰り出す。それを捌(さば)きながら、相手は後退りし、為す術もなく逃げ回る。実力の差は歴然としていた。
 しかし、敵の足軽頭には狙いがあった。相手の連撃が途切れた刹那、裂帛(れっぱく)の気合で踏み込み、信方の喉笛を目がけて渾身(こんしん)の突きを放つ。
 槍というものはわずかでも引かなければ、新たな一撃を出せない。その一瞬の隙を狙った姑息(こそく)な一撃だった。
 晴信をはじめとし、周囲で見ていた者たちは思わず呼吸を止める。そして、信じられない光景が眼に映った。
 敵の足軽頭が放った槍先を、なんと、信方は左手の籠手(こて)で弾いたのである。
 当然のことながら捨身の一撃をすかされた相手の體が泳ぎ、その体勢を見逃さず、信方は右手一本で槍を突き出し、敵の足軽頭の喉仏に打ち込む。
「ぐぼぉ」
 奇妙な声を上げ、敵の足軽頭が眼を見開く。
 信方が素早く槍を引くと、血飛沫(ちしぶき)を撒(ま)き散らしながら敵が倒れ、床を転がってから虚空を睨むようにして止まる。裂かれた喉仏からは鞴(ふいご)の如く空気が漏れ、夥(おびただ)しい血が溢れ出た。
「初手を合わせた時点で、うぬの負けは明らかであった。なにゆえ、それがわからぬか」
 信方は絶命した相手を憐れむように見下ろしていた。
「……う、うおおおぉ」
 正気を失ったような叫び声を上げ、別の敵足軽が突きかかってくる。
 つられるように他の敵兵も動き、そこからは乱戦となった。
 無闇に突きかかってくる敵兵の槍先を、晴信も必死で捌く。その背を守るように、教来石信房が敵の前に立ちはだかる。
 信方の圧倒的な強さを目の当たりにした味方の兵は、数に劣っていても臆してはいない。倍の敵を相手に奮闘する。
 乱戦でがら空きとなった扉が、晴信の視界に入る。
 ――あの閂(かんぬき)を抜けば、後続の者を招き入れることができる!
「信房、後ろを頼む!」
 晴信はぴたりと背中を合わせるように動く教来石信房に命じる。
「御意!」
 腰の退けた敵の足軽に、晴信が槍の連撃を見舞い、後方に転倒させる。その喉笛に切先を見舞ってから、扉に駆け寄った。
 晴信は何も考えずに宙に飛び、扉の閂を蹴り上げる。
 乾いた音を立て、閂の角材が床に転がった。
 二の曲輪の扉は晴信によって再び開け放たれ、後続の隊を率いる多田(ただ)満頼(みつより)が飛び込んでくる。
「若君、御無事にござりまするか!?」
「ああ、大丈夫だ!」
「待ち伏せとは姑息な! 許さぬぞ!」
 多田満頼は残った敵兵の中に突き入る。
 形勢は一気に逆転し、味方の兵が次々に敵を倒していく。



  3       10 11 次へ
 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
Back number
第二章 敢為果断(かんいかだん)
第一章 初陣立志16
第一章 初陣立志15
第一章 初陣立志14
第一章 初陣立志13
第一章 初陣立志12
第一章 初陣立志11
第一章 初陣立志10
第一章 初陣立志9
第一章 初陣立志8
第一章 初陣立志7
第一章 初陣立志6
第一章 初陣立志5
第一章 初陣立志4
第一章 初陣立志3
第一章 初陣立志2
第一章 初陣立志