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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志14 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「ならば、そなたがこの城を奪った時、丁寧に挨拶を入れてから攻めたのか?」
 信方の問いに、平賀玄心は悔しそうな顔で黙り込む。
「そなたを甲斐の新府へ引き立てるゆえ、無駄な抗(あらが)いはいたすな。さすれば、猿轡を嚙ませたりはせぬ」
「……ま、待て。……いや、待ってくれ」
 平賀玄心が晴信の方を見ながら訊く。
「そなたが武田信虎(のぶとら)の倅(せがれ)、晴信なのであろう?」
「……さようだが」
 晴信は戸惑いながら答える。
「ならば、こたびの大将であろう。頼みがある。武士(もののふ)の情けで自害させてもらえぬか。せめて、この城でけじめをつけさせてもらえぬか。こたびはそなたの初陣と聞いたが、武士の情けぐらいはわかっておるであろう。お願いいたす」
 平賀玄心は神妙な面持ちで頭を下げた。 
 晴信は思わず信方の顔を見ると、傅役(もりやく)は小さく首を横に振る。
 ――取り合う必要はありませぬ。
 そんな表情だった。
「は、晴信殿、お待ちくだされ。そなたが大将ならば、あえて問いたい。そなたにとって、この戦の大義名分とは、いったい何であろうか?」
 平賀玄心は必死で声を振り絞る。
 よほど、信虎の前に引き立てられたくないようだ。
 家臣の大方は、そのように思っていた。
 しかし、晴信は違った。
 ――この戦の大義名分?……考えてみたこともなかった。父上に命じられた初陣に臨んだだけ、それ以外の理由はない……。
 だが、それをそのまま答えるわけにはいかなかった。
 戸惑う晴信に、平賀玄心が畳みかける。
「大義名分など、あるはずもなかろう。父に命じられた初陣に臨んだだけなのではないか。武田信虎とて、この戦に大義名分など見出してはおらぬはずだ。たまさか、兵が少なく、攻めやすそうな城を選んだだけであろう」
「口を慎め、平賀!」
 信方が一喝する。
「慎まぬぞ! 黙らぬならば、何とする。斬るか?……斬るなら、斬れ! 生き恥を晒(さら)して甲斐へ引き立てられるくらいならば、ここで首にでもされた方がましぞ! 晴信殿、理不尽な戦に巻き込まれ、理不尽な負け方をしたこの身に、せめて最期ぐらいは武士の矜恃(きょうじ)を貫かせてくれぬか。お頼み申す!」
 両手を縛られたまま、平賀玄心は額を床につける。
「……いかがいたしまするか、若」
 信方が顔をしかめながら訊く。
 晴信も眉をひそめて思案する。
 ――この戦の大義名分……。武士の情け……。
 そんな言葉だけが脳裡(のうり)で堂々巡りしていた。
 その様子を、家臣たちは固唾(かたず)を吞んで見守っている。




 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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