「ならば、そなたがこの城を奪った時、丁寧に挨拶を入れてから攻めたのか?」 信方の問いに、平賀玄心は悔しそうな顔で黙り込む。 「そなたを甲斐の新府へ引き立てるゆえ、無駄な抗(あらが)いはいたすな。さすれば、猿轡を嚙ませたりはせぬ」 「……ま、待て。……いや、待ってくれ」 平賀玄心が晴信の方を見ながら訊く。 「そなたが武田信虎(のぶとら)の倅(せがれ)、晴信なのであろう?」 「……さようだが」 晴信は戸惑いながら答える。 「ならば、こたびの大将であろう。頼みがある。武士(もののふ)の情けで自害させてもらえぬか。せめて、この城でけじめをつけさせてもらえぬか。こたびはそなたの初陣と聞いたが、武士の情けぐらいはわかっておるであろう。お願いいたす」 平賀玄心は神妙な面持ちで頭を下げた。 晴信は思わず信方の顔を見ると、傅役(もりやく)は小さく首を横に振る。 ――取り合う必要はありませぬ。 そんな表情だった。 「は、晴信殿、お待ちくだされ。そなたが大将ならば、あえて問いたい。そなたにとって、この戦の大義名分とは、いったい何であろうか?」 平賀玄心は必死で声を振り絞る。 よほど、信虎の前に引き立てられたくないようだ。 家臣の大方は、そのように思っていた。 しかし、晴信は違った。 ――この戦の大義名分?……考えてみたこともなかった。父上に命じられた初陣に臨んだだけ、それ以外の理由はない……。 だが、それをそのまま答えるわけにはいかなかった。 戸惑う晴信に、平賀玄心が畳みかける。 「大義名分など、あるはずもなかろう。父に命じられた初陣に臨んだだけなのではないか。武田信虎とて、この戦に大義名分など見出してはおらぬはずだ。たまさか、兵が少なく、攻めやすそうな城を選んだだけであろう」 「口を慎め、平賀!」 信方が一喝する。 「慎まぬぞ! 黙らぬならば、何とする。斬るか?……斬るなら、斬れ! 生き恥を晒(さら)して甲斐へ引き立てられるくらいならば、ここで首にでもされた方がましぞ! 晴信殿、理不尽な戦に巻き込まれ、理不尽な負け方をしたこの身に、せめて最期ぐらいは武士の矜恃(きょうじ)を貫かせてくれぬか。お頼み申す!」 両手を縛られたまま、平賀玄心は額を床につける。 「……いかがいたしまするか、若」 信方が顔をしかめながら訊く。 晴信も眉をひそめて思案する。 ――この戦の大義名分……。武士の情け……。 そんな言葉だけが脳裡(のうり)で堂々巡りしていた。 その様子を、家臣たちは固唾(かたず)を吞んで見守っている。