しかし、事態は晴信や信方が思ってもみないような方向へ進んでしまったのである。 若神子の信虎から原昌俊へすぐに早馬が返され、その命を受けた陣馬(じんば)奉行が直々に晴信と信方の処(ところ)へやって来た。 「若君様、海ノ口城攻めの御勝利、おめでとうござりまする。殿軍(しんがり)だけでの奇襲とは、まことに懼(おそ)れ入りました」 頭を下げながら祝辞を述べた原昌俊に、晴信は少し俯(うつむ)き加減で答える。 「……そなたに黙っていて申し訳なかった」 「いいえ、駿河守からそれとなく聞いておりましたゆえ、驚いてはおりませぬ。何かありましたならば、すぐに引き返せるよう約束もしてありました。無事にお戻りになられ、内心ほっとしておりまする。どうか、それがしのことはお気になさらず」 「さようか……」 「それよりも、火急の件をお伝えせねばなりませぬ」 「何であろうか」 「御屋形様が、『急ぎ三人揃うて若神子城へ参上せよ』との仰せにござりまする」 「三人……」 「はい。若君様と駿河守、それがしを加えて三人にござりまする。これから、すぐにと」 「昌俊、ちょっとよいか」 信方が険しい面持ちで口を挟む。 「御屋形様の御様子は?」 「取り急ぎ経緯(いきさつ)を訊ねたい、という仰せしか伝えられておらぬが、御機嫌が悪いとは思えぬ。この悪天のさなか、攻めあぐねていた敵城を抜いたのだ。これほどの果報はなかろう。早く戦勝に対する労(ねぎら)いをなさりたいのではないか。それゆえ、待つのがお嫌いな御屋形様の御機嫌が斜めにならぬよう、急いだ方がよいのは確かだ」 「で、あろうな……。では、若。急ぎ出立(しゅったつ)いたしましょう」 「わかった。すぐに向かおう」 晴信が床几(しょうぎ)から立ち上がる。 海ノ口城から戻っていた諸角虎定に後事を託し、三人はわずかな家臣だけを護衛につけて若神子城へ向かう。雪は止んでいたが、鼻孔を抜ける大気は冷たく、吐く息が真っ白な煙となって凍った。 二刻(四時間)ほどで城へ到着し、三人は広間へ入った。すでに重臣たちが揃っており、晴信の姿を見て、途端に場の気配が強ばる。 ――これが戦勝を労いたいという空気か!?……ま、まるで、これから詮議が行われるような重さではないか。 いち早く違和を察知した信方が、陣馬奉行の横顔を睨む。 それに気づいた昌俊は顔をしかめ、朋友に耳打ちする。 「……すまぬ、信方。それがしが聞いていた話とは、少し勝手が違っていたようだ。話が穏やかに進むよう、この身も取りなすゆえ堪忍せよ」 「御屋形様が御酒(ごしゅ)を召し上がり過ぎておられなければよいのだが……」 信方の呟きに、原昌俊も小さく頷いた。 晴信も両肩にのしかかる重圧を感じ、身を強ばらせる。 ――やはり、独断で城攻めを行ったことに対し、重臣たちも怒っているようだ。されど、これは己で決めたことなのだ。お叱りがあるならば、正々堂々と受けるしかない。 そう決心しながら、大上座の前に座った。