連載
新 戦国太平記 信玄
第二章 敢為果断(かんいかだん)14 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   十四 (承前) 

 村上(むらかみ)と武田のせいで小県(ちいさがた)の周辺が騒がしくなってから、滋野(しげの)一統の重臣が集まり、対応策が練られた。
 その時はまだ村上と武田の共闘が行われておらず、評定は「どちらかと盟約を結ぶべきではないか」という議題で紛糾する。
 様々な見解が述べられる中、禰津(ねつ)元直(もとなお)は村上義清(よしきよ)との和睦を主張した。
『村上義清は敵とすれば、この上なく厄介な相手となりますが、味方にできれば、これまでの脅威がそのまま、われらの防備となりまする。武田が村上と通じていた佐久(さく)の平賀(ひらが)に手を出した今こそが好機であり、村上に佐久の奪回を持ちかけて盟約を結ぶことができるのではありませぬか。ここは多少の妥協をしてでも、信濃(しなの)から武田を排除する策を取った方がよいのではないかと』
 その進言に対し、海野(うんの)棟綱(むねつな)が憮然(ぶぜん)とした面持ちで答える。
『武田も疎ましいが、村上の無礼さは堪忍できぬ。昔からの遺恨を含め、易々(やすやす)と手を組む気にはなれぬな』
『確かに、村上との遺恨は深うござりまする。だからこそ、それを払拭するために共通の敵を創ることが肝要かと。今ならば武田を利用するだけで事足りまする』
『されど、村上と手を組んで武田を佐久から追い出したとしても、佐久を取り戻した村上がわれらに再び牙を剥(む)いてくるのではないか。村上義清とは、そのような外道の所業を繰り返してきた奴ばらだ』
 海野棟綱が吐き捨てる。 
『ならば、村上に更なる餌をぶら下げてやればよいのではありませぬか』
 禰津元直がさらに畳みかける。
『更なる餌?』
 海野棟綱が怪訝(けげん)な面持ちで息子の顔を見る。
『叔父上、それはいかなる意味でありましょうや?』
 海野幸義(ゆきよし)が訊く。
『もしも、首尾よく武田を撃退できたならば、筑摩(ちくま)郡(松本)の小笠原(おがさわら)家を次なる標的として持ちかけ、村上を松本平(まつもとだいら)へ導けばよいのではありませぬか。われらと村上家が仲違(なかたが)いしたのも、小笠原を敵とした大塔(おおとう)合戦が元凶であり、遺恨を水に流す良い機会となりましょう。加えて、松本平が新たな所領となるならば、村上の眼はそちらに向き、小県にこだわることもなくなりまする。われらもそれに合わせ、佐久から諏訪(すわ)の辺りに新たな所領を拡げてゆけばよいかと。村上義清は曲者(くせもの)にござるが、手を組む価値はありまする。ここはひとつ、細かい事に眼を瞑(つぶ)り、盟約にまで持っていくべきと存じまする』
 禰津元直が熱弁を振るう。
 他の者たちは一様に険しい表情で話を聞いていた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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