連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)14 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 それを見た禰津元直が不満そうな面持ちで反論する。
『武田が喜んでその話を承服するとは思えませぬな。関東管領殿に仲介を願うというのもまどろこしい。しかも、話が通るまで、どれだけ時がかかるかも読めませぬ。事は急を要しており、それがしに任せていただければ、すぐに村上との話を付けに行くことができまする。武田との盟約より遥かに手間と時がかからずに済むのでは』
『元直殿、それがしは武田との和睦が村上との和睦より上策だと主張しているわけではないのだ。ただ様々な策の構え方があると示したかっただけのこと。武田と結ぶことを推奨しているわけでもない』
 真田幸隆は己の真意を明らかにする。 
『いや、そなたの申すことはもっともだ。されど、問題はわれらがそのいずれかを早急に選ばねばならぬという瀬戸際に立たされているということであろう。ここでお茶を濁すわけにはまいらぬ。皆がどちらの策が良いと思うているか、聞かせてもらおうではないか』
 禰津元直が一同に問う。
 そこからはさらに意見が錯綜(さくそう)し、結局、収拾がつかなくなった。
『もうよい!』
 海野棟綱が苛立(いらだ)った声で話し合いを止める。
『皆の意見はだいたいわかったが、われら滋野一統は慌てて誰かの力を借りねばならぬほど軟弱ではない! とにかく、村上と手を組むという策は好かぬ。余が山内上杉憲政殿と話をしてみるゆえ、この話は仕舞とする。各々、勝手な動きをせぬよう心得てくれ』
 棟綱の村上嫌いは相当に根深く、これ以上は話を進められそうになかった。 
『……承知』
 一同は中途半端な結論に頷(うなず)く。
 こうして同盟の話は、いったん保留とされた。それがちょうど半月ほど前のことである。
 ――あれから、さして時も経っておらぬうちに、村上、武田、諏訪の同盟がなされ、われらが攻め寄せられた。この次第だけを見れば、元直殿の具申が正しかったように思える。あるいは、村上方から何らかの話がもたらされていたのか?
 幸隆は眉をひそめ、口唇を嚙む。
 そこへ、確認に出向いていた使番が戻ってくる。
「御大将、砥石城へ近づきましたところ、城門から矢を射かけられました。やはり、敵方の手に落ちたものと……」
「まことか!?」
「はい。虎口(ここう)には村上の旗幟(はたのぼり)が林立しておりました」
「なんということか……」
 幸隆は思わず天を仰ぐ。
 ――われらの撤退前に、村上義清が砥石城を落としたとは思えぬ。もしも、攻めかけられたのならば、城から早馬ぐらいは来るはずだ。……ということは、元直殿が降(くだ)ったということか。あるいは……。
 悪い予感は脳裡(のうり)ではっきりとした暗雲に変わっていた。
「す、すぐに松尾(まつお)城へ走り、われらが向かうと伝えよ」
 幸隆は再び使番(つかいばん)に命じる。
「は、はっ!」
 走り去る六練銭(むつれんせん)の旗印を見ながら、幸隆は激しく動揺していた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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