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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)14 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

『……言われてみれば、さような手立てもあろう。されど、それほど上手く話が進むであろうか』
 今ひとつ乗り気ではない様子で、海野棟綱が一同を見回す。
『皆はいかように考えるか?』
『それがしも村上との同盟が有効ではないかと考えまする』
 矢沢(やざわ)頼綱(よりつな)がいち早く禰津元直の策に賛同する。
 それを聞いた真田(さなだ)幸隆(ゆきたか)は驚きを隠せなかった。
 ――やはり、砥石(といし)城を守らねばならぬ頼綱は、村上義清の実力を相当に重く見ているということか?
『今ならば村上との対等な和睦が結べるのではありませぬか。いずれにせよ、このまま武田と村上の双方を睨(にら)んで戦うのは危ういと見まする。それならば、地勢から見ても近くにいる村上と和睦するのが上策ではありませぬか。甲斐(かい)から出兵してくる武田では、まったく当てにならぬと思いまするが』
 矢沢頼綱はきっぱりと己の意見を述べた。
 二人の具申を聞き、海野幸義の表情が曇る。父の棟綱が苦々しい思いを抱いていることを、ひしひしと肌で感じていたからである。
『……幸隆殿、そなたはいかように思われるか?』
 海野幸義が意見を求めた。
『それがしにござるか……』
 真田幸隆は戸惑いがちに答える。
『……村上義清との同盟など考えたこともありませなんだが、言われてみれば一理あるかもしれませぬ。されど、それと同じく武田との盟約にも一考の余地があるやもしれませぬ。何よりも武田にはありながら、村上にはないものがありまする』
『ほう、それは何であろうか?』
 海野幸義が続きを促す。
『関東管領職(かんれいしき)、山内上杉(やまのうちうえすぎ)憲政(のりまさ)殿との関係にござりまする』
『ああ、なるほど』
『武田が今川(いまがわ)と和睦してもなお、山内上杉家との盟約を保ち続けていることを鑑みれば、関東管領殿に仲介を願えば、われらも結ぶことができるのではありますまいか。三者の総力を結集して村上義清を埴科(はにしな)から追い出すという策にはそれなりの魅力があり、村上との同盟と同じぐらいの価値を持っておりまする。ただし、この策を用いれば、われらは埴科郡を得られるやもしませぬが、武田が信濃へ出張ることを認めねばならぬという損も覚悟しなければなりませぬ。さらに信濃守護である小笠原家と結び、村上が動けぬように広く包囲するという手立ても残るのでは』
 真田幸隆は武田家に対して特別な思い入れがあるというわけではなく、あえて村上家と手を組まない策を具申してみた。そうすれば、両方の策の長所と短所が容易に比較できると考えたからである。
 しかし、それが各々に思わぬ反応をもたらす。
『うむ、さような策の構え方もあるな。それならば、嫌々ながら村上と手を結ぶ必要もない』
 海野幸義が感心したように頷く。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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