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連載
新 戦国太平記 信玄
第二章 敢為果断(かんいかだん)18 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   十五 (承前)

「今川(いまがわ)家の総意、是非、お伺いしとうござる」
 信方(のぶかた)が意を決して答える。
「では、お伝えいたしましょう。当家といたしましては、武田家と盟を結んだ時と同じく、晴信(はるのぶ)殿が御嫡男であることを望んでおりまする。いや……」
 雪斎(せっさい)がすっと姿勢を正す。
「……もう少し、はっきりと申し上げておきましょう。今川家はこの盟約の継続を、晴信殿が早々に武田家をお嗣(つ)ぎになるという前提で考えておりまする」
 その答えは、信方にとって意外だった。
 ――今川家は、若が早く武田の惣領(そうりょう)となることを望んでいる、と。……まことなのか?
 信方は真っ直ぐに相手の両眼を見つめるが、雪斎は微動だにしない。
 ――まさか、信繁(のぶしげ)様よりも若の方が御しやすいと考えているのか?……いや、さほど簡単な理由ではあるまい。今川家とこの漢(おとこ)の真意がどこにあるのか、さらに深く思惑を探らねばならぬ。
 信方も背筋を伸ばしながら問う。
「今のお話は、まことにござりまするか?」
「偽りなく」
「ならば、その理由をお聞かせ願えませぬか」
「理由はいくつかありますが、まず、ひとつめは当家が武田家との同盟を末永く続けていきたいと考えているからにござりまする。こたび、長き反目を終わらせ、婚姻を含めた盟約を結びましたのは、両家の先行きを遠くまで見据えてのこと。晴信殿はわが主(あるじ)と年の端も近く、武田家を嗣がれたならば意思の疎通が図りやすく、互いに若き惣領として利害を共にできるのではありませぬか。それゆえ、盟を結ぶと決めた時、当家は晴信殿が御世継ぎかどうかを信虎(のぶとら)殿に確認し、その時は確かに『長子が嗣ぐ予定だ』と仰せになりました。ところが先日、いきなり廃嫡を予定しているが如(ごと)き口振りでお話をなされましたので、われらは驚いただけでなく、正直、裏切られたような心地となりました」
 雪斎は苦々しい表情で小刻みに首を振る。
「されど、若と信繁様は、さして歳(とし)も違いませぬ。年の端が近いというだけが理由とは思えませぬが」
「確か、晴信殿と弟君は、四つ違いでありましたか」
 ――そこまで、正確に把握しているのか!?
 信方は驚きながら答える。
「……さようにござる」
「わが主は本年で齢(よわい)二十三、晴信殿が齢二十一、この差ならば、さして歳も違わぬと言えるでありましょう。されど、わが主と信繁殿は六つも離れておりますので、やはり近いとは言えませぬ。それ以上に、もしも、信繁殿が跡を嗣がれるとしても遠い先の話となり、たとえ惣領の座についても、信虎殿がご健在の間は御父上の指図通りにしか動けぬのではありませぬか。直入に申すならば、それが当家にとっては歯痒(はがゆ)うござりまする。若い惣領同士が両家の行く末を見据えて忌憚(きたん)のない意見を交わせるような同盟こそが、われらの理想にござりまする」



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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