「されど、御屋形(おやかた)様は他家の理想に寄り添っていくような御方ではありませぬ。そちらは御屋形様の御気性を承知の上で、武田と盟約を結ばれたのではありませぬか」 「なるほど、仰(おっしゃ)る通り。当家にとっても、それが少々悩みの種にござりまする。されど、われらには今の信虎殿が以前と同じであるとも見えておりませぬ」 「それは、いかなる意味にござるか?」 信方が少し怒ったような口調で訊く。 「先日の御酒の召し上がり方を見ても、以前のような御様子ではなく、最後はお話もよくわからぬものとなっておりました。酔いにまかせて感情だけが迸(ほとばし)り、御自分の言いたいことだけを述べられ、われらの話は聞こうともなさりませんでした。ご無礼を承知で申し上げるならば、少々、爛酔放吟(らんすいほうぎん)が過ぎるのでは、と。近頃は普段から、あのように激しい召し上がり方を?」 雪斎の問いに、信方は思わず黙り込む。 爛酔放吟。いわば、酒乱の気が見えるような吞み方という意味である。 ――確かに、最近の御屋形様は評定の場でさえも酒気を帯びておられ、素面(しらふ)でおられることの方が珍しい。それを見透かされてしまったというのか……。 返答を失った信方に、雪斎が助け舟を出す。 「まあ、上戸(じょうご)は武士の嗜(たしな)みとも申しますゆえ、他家の御主君の御酒の召し上がり方まで云々(うんぬん)するつもりはありませぬ。されど、当家がまことに困っているのは、こたびの築城のお話の如く、度重なる軍資や兵粮(ひょうろう)の無心にござりまする。これは、ふたつめの理由とも重なってまいりまする。信虎殿は版図(はんと)を広げれば年貢も増え、借財などすぐに返せると仰せになるが、これまでお返しいただいたことはありませぬ。わが主は娘婿であるという立場上、一度もお断りしたことはござりませぬが、今は領内においても不作が続き、われらも窮しておりまする。家中にも厳しい節約を申し付けており、これ以上、他家へお貸しできる兵粮や資財を捻出する余裕はありませぬ。武田家は、それほど切羽詰まっておられるのでしょうか?」 またしても厳しい問いかけだった。 「……荒天や日照りに加え、ひどい水害にみまわれ、おそらく、近隣の諸国のなかで最も苛酷(かこく)な飢饉(ききん)に直面しているのではないかと」 「なるほど、大飢饉に襲われていると。ならば、築城などは先延ばしになされるのが肝要なのでは?」 「それはその通りなのだが……」 「信虎殿は一度言い出したならば、決して他言に耳をお貸しにならぬと?」 「……ええ、まあ」 「板垣殿、当家には諸国を巡行している商人などがおり、それらの者の話によりますれば、甲斐では合戦のための徴発により、種籾(たねもみ)までを召し上げられた領民の間に怨嗟(えんさ)の声が広がり、土一揆(つちいっき)が起きかねぬのではないか、と聞いておりまする」 雪斎の言葉を聞き、信方は竜王鼻(りゅうおうばな)で出会った異形の歩荷(ぼっか)を思い出す。