六 (承前) 二人が物見頭(ものみがしら)の陣へ向かうと、まるで来訪を予期していたかのように、跡部(あとべ)信秋(のぶあき)が入口に立っていた。 「若君様、駿河守(するがのかみ)殿。そろそろ、お見えになる頃かと思うておりました。ちょうど先ほど海ノ口(うんのくち)城の縄張図など広げ、敵状の確認を行うておりました。気になることもありましたゆえ、ご報告申し上げねば、と思うていたところ。まことに折良く、お出でになられまして、かたじけのうござりまする」 薄い笑みを浮かべ、二人を出迎える。 「若君様のお好きな孫子によりますれば、戦(いくさ)は『彼(か)を知り、己を知れば、百戦殆(あや)うからず』と申しまする。かような空模様では、ご機嫌麗しゅうというわけにいかぬと存じまするが、過ごし方次第で忍耐の時もめくるめく戦物語へと変わり、決して無駄にはなりますまい。敵の城についての伽(とぎ)話ならば、この信秋めにお任せくださりませ」 信秋の奇妙な歓迎を受けた晴信(はるのぶ)は、困ったような表情で傅役(もりやく)の顔を見る。 「まったく、相変わらず妖(あや)しげな奴だな。先日、その持って回ったような物言いも止(や)めよと申したではないか」 呆れたような顔つきで信方(のぶかた)が言う。 「ならば、駿河守殿はいかなる物言いがお好みか?」 「お待ちしておりました。それで、よいではないか」 「……ああ、なるほど。されど、また、なんとも味気ない」 つまらなそうな顔になり、信秋はそっぽを向く。 「若、ご覧の通り、こ奴は一風変わっていますが、敵の諜知(ちょうち)に関しては誰よりも抜きん出ておりまする。先ほどの疑問を含め、まずは話を聞きましょう」 信方の言葉に、晴信は頷(うなず)く。 「わかった。伊賀守(いがのかみ)、よろしく頼む」 「お任せくださりませ。こちらへどうぞ、若君様」 跡部信秋は二人を帟(ひらはり)の中へ案内する。 そこには周辺の地図と海ノ口城の縄張図が広げられていた。 床几(しょうぎ)へ腰掛けるやいなや、信方が訊く。 「これが敵城の縄張りか。兵数など、敵状の詳細は明らかになっているのか?」 「ほぼ摑めておりまする。実は若君様の御初陣があるということで、こたびは信濃の戸隠(とがくし)から新たな者どもを呼び寄せ、物見に使うてみました」 「戸隠の者……修験僧(すげんざ)の類か?」 「確かに戸隠山は修験(しゅげん)の聖地にござりますが、こたびは戸隠権現のさらに奥深く、岩窟にて厳しい修行を極めた山の者どもを集めました。唐渡りの軽業(かるわざ)や縮地法(しゅくちほう)など特別の術を駆使する、いわば忍びの者にござりまする」 「戸隠の忍びの者……」 信方と晴信が顔を見合わせる。