連載
新 戦国太平記 信玄
第一章 初陣立志10 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   六   (承前)

 二人が物見頭(ものみがしら)の陣へ向かうと、まるで来訪を予期していたかのように、跡部(あとべ)信秋(のぶあき)が入口に立っていた。
「若君様、駿河守(するがのかみ)殿。そろそろ、お見えになる頃かと思うておりました。ちょうど先ほど海ノ口(うんのくち)城の縄張図など広げ、敵状の確認を行うておりました。気になることもありましたゆえ、ご報告申し上げねば、と思うていたところ。まことに折良く、お出でになられまして、かたじけのうござりまする」
 薄い笑みを浮かべ、二人を出迎える。
「若君様のお好きな孫子によりますれば、戦(いくさ)は『彼(か)を知り、己を知れば、百戦殆(あや)うからず』と申しまする。かような空模様では、ご機嫌麗しゅうというわけにいかぬと存じまするが、過ごし方次第で忍耐の時もめくるめく戦物語へと変わり、決して無駄にはなりますまい。敵の城についての伽(とぎ)話ならば、この信秋めにお任せくださりませ」
 信秋の奇妙な歓迎を受けた晴信(はるのぶ)は、困ったような表情で傅役(もりやく)の顔を見る。
「まったく、相変わらず妖(あや)しげな奴だな。先日、その持って回ったような物言いも止(や)めよと申したではないか」
 呆れたような顔つきで信方(のぶかた)が言う。
「ならば、駿河守殿はいかなる物言いがお好みか?」
「お待ちしておりました。それで、よいではないか」
「……ああ、なるほど。されど、また、なんとも味気ない」
 つまらなそうな顔になり、信秋はそっぽを向く。 
「若、ご覧の通り、こ奴は一風変わっていますが、敵の諜知(ちょうち)に関しては誰よりも抜きん出ておりまする。先ほどの疑問を含め、まずは話を聞きましょう」
 信方の言葉に、晴信は頷(うなず)く。
「わかった。伊賀守(いがのかみ)、よろしく頼む」
「お任せくださりませ。こちらへどうぞ、若君様」
 跡部信秋は二人を帟(ひらはり)の中へ案内する。
 そこには周辺の地図と海ノ口城の縄張図が広げられていた。
 床几(しょうぎ)へ腰掛けるやいなや、信方が訊く。
「これが敵城の縄張りか。兵数など、敵状の詳細は明らかになっているのか?」
「ほぼ摑めておりまする。実は若君様の御初陣があるということで、こたびは信濃の戸隠(とがくし)から新たな者どもを呼び寄せ、物見に使うてみました」
「戸隠の者……修験僧(すげんざ)の類か?」
「確かに戸隠山は修験(しゅげん)の聖地にござりますが、こたびは戸隠権現のさらに奥深く、岩窟にて厳しい修行を極めた山の者どもを集めました。唐渡りの軽業(かるわざ)や縮地法(しゅくちほう)など特別の術を駆使する、いわば忍びの者にござりまする」
「戸隠の忍びの者……」
 信方と晴信が顔を見合わせる。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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