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連載
新 戦国太平記 信玄
第二章 敢為果断(かんいかだん)2 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   八   (承前)

「……あのぅ、若君様。……懼(おそ)れながら、お訊ねいたしたいことがありまする」
「何であろうか」
「北条(ほうじょう)家がなにゆえ無理を押し、この戦(いくさ)に踏み切ったのかという意味をもう少し詳しくお聞かせくださりませぬか。そのぉ、大局観(たいきょくかん)をもって戦全体を眺めると、いったい何が見えてくるのかと気になりまして」
 虎昌(とらまさ)の問いに、晴信(はるのぶ)は少し思案してから答える。
「今、それについて話すと、御師(おし)の受け売りになってしまうのだが」
「構いませぬ。是非にお聞きしたい」
 その言葉に、信方(のぶかた)も賛同する。
「若、それがしも同様に、お聞きしとうござりまする」
「さようか……。では、御師のご教授を含めて、これまで考えたことを話してみる。北条勢が駿河(するが)に出張ったのは、当家と今川(いまがわ)の盟約に異を唱えるため、あえて姉上の輿入(こしい)れがあった直後としたようだ。されど、それは出陣の機だけに意味があるのではなく、河東(かとう)という場所に陣取ったことが重要なのではなかろうか」
「河東に陣取った意味……それはいかなる?」
 虎昌が怪訝(けげん)そうな面持ちで訊く。
「御師にお聞きしたところによれば、河東は今川と北条の関係を語る上で欠かせない因縁を持つ場所、故地(こち)であるそうだ」
「故地?」
「さよう。つまり、今川と北条の歴史が集約された地」
 晴信は岐秀(ぎしゅう)禅師から講話を施された河東にまつわる詳細な歴史を話し始める。
 信方と虎昌は真剣な顔でそれを聞いていた。
「……北条勢は『当家にとっては、一度は差し戻した河東を取り戻すことが最も重要』ということを主張したいのだと思う。富士川の東岸で兵を止めているのも、今川に対して『これまで両家が築いてきた時の重みを思い出せ』ということであろう。それがわかっているゆえ、今川家も性急には富士川を越えず、慎重に成り行きを見ているのではないか。迂闊(うかつ)に動けば、北条とは完全な手切となる。河東にはさような意味があると、御師は申されていた」 



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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