連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)2 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「なるほど、両家の因縁についてはわかりました。されど、それらの事柄から、この戦の先行きが占えまするか?」
 虎昌のさらなる問いに、晴信は小さく頷(うなず)いた。
「いくつかのことは予想できるやもしれぬ」
「それもお聞かせ願えませぬか」
「北条と今川は富士川を挟んで睨(にら)み合うことに、非常に大きな意味を見出している。つまり、双方は軽々に戦わぬ方がよいと考えている節がある。そうなると、北条勢の眼はわれら武田に向くのではないか。特に富士御嶽(みたけ)の南東側へ出張る軍勢には眉宇(びう)を引き締め、何か動きがあった場合、必死で潰しに来るのではないか」
「されど、それでは間隙を縫って今川勢が富士川を越えるのではありませぬか」
「そこがまだ読めぬ。もしも、そうとなれば、今川家は北条との総力戦を覚悟せねばならぬ。その上で、まことに今川が当家の救出に動けるのであろうか」
「ああ、なるほど」
「さらに、さきほど申したように、今川が駿府(すんぷ)の東で動けば、北条と通じている堀越(ほりごえ)や井伊(いい)らの国人衆(こくじんしゅう)が動き、駿河の西、遠江(とおとうみ)、南信濃(みなみしなの)にも戦いが広がるであろう。それだけではなく、当家は坂東(ばんどう)の関東管領職(かんれいしき)と盟を結んでいる以上、父上が手をこまぬくとは思えぬ。坂東勢を動かして北条の本拠である相模(さがみ)を脅かそうとすれば、戦は甲斐、東海だけに限らず、関八州(かんはっしゅう)にまで飛び火する恐れがある。数珠つなぎに戦いが起こり、瞬く間に信じ難い大戦(おおいくさ)になるやもしれぬ。まさに、その火種が富士の裾野にあるということではないか」
 晴信の洞察に、思わず虎昌が唸(うな)る。
「……われらが武功を焦り、軽々に北条へ仕掛けた途端、数珠つなぎの大戦となる恐れがあるということにござりまするか」
「若輩の身で生意気なことを申して済まぬ。されど、もしかすると加古坂(籠坂〈かごさか〉)の峠を越えて須走(すばしり)へ出張るのは、われらの軍勢ではないかと思うていたゆえ、急ぎ御師に講話をお願いした。この身が申したことの大半は、岐秀禅師の深い読みだと思うてもらえればよい」
「いや、出陣前に良い話をお聞きできました。長らく蟄居(ちっきょ)しておりました身としては、久々の戦ゆえ、どうしても目先の武功を焦る気持ちが強くなりまする。気が逸(はや)り、大きな間違いを起こす恐れもありました。心気を改めて、富士の裾野へ向かうことにいたしまする」
 虎昌は深々と頭を下げる。
「出陣への昂(たか)ぶりに水を差してしまったようで、重ねて申し訳ない。御武運を祈りまする」
 晴信も頭を下げた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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