連載
新 戦国太平記 信玄
第一章 初陣立志8 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

   五 (承前)

 不満げな兵たちの尻を叩き、さらに南下を続け、富士宮の内房(うつぶさ)へと進んだ。
 身延道(みのぶみち)が二手に分かれる場所を確認し、その四方にある林の中に兵を潜ませ、交替で休息を取らせる。信方(のぶかた)も周囲に敵影がないことを確認してから、木を背にして短く眠ることにした。
 一刻(いっとき)ほどして物音で飛び起きたが、休憩の交替をする自兵が動く音だった。
 すでに陽は昇り、辺りは明るくなっていたが不気味なほど静かである。
 ――なんとも、のどかとしか思えぬが、ここはすでに駿河の領内だ。しかも、すぐ東側にある富士川を越えれば、北条家の拠点がいくつもある。気を引き締めねばならぬ。
 信方は立ち上がって大きく伸びをしてから、桶の水で顔を洗い、口を濯(すす)ぐ。それから、気合を入れるように己の両頬を叩く。
 夏陽が中天に上って一気に気温が上昇し、木陰の草叢(くさむら)にいても息苦しくなる。寄ってくる藪蚊(やぶか)を払い退(の)けながら、ひたすら待つが人影は見えない。
 ――まずいな。やはり、万沢(まんざわ)に陣を構えて待つべきであったか……。
 出陣してから、さして時が経っていないのに、気が急(せ)いてくる。
『とにかく、兵糧を節約せよ』
 荻原(おぎわら)昌勝(まさかつ)のそんな言葉が常に脳裡の片隅にこびりついていた。
 じりじりと焦がされるような時が過ぎ、やがて陽は西の青笹山(あおざさやま)に向かって傾いていく。この山は南の真富士山(まふじやま)、北の十枚山(じゅうまいざん)と繋がる山脈であり、富士川や身延道と同じく、稜線が南北に走って甲斐の白根三山(しらねさんざん)まで続いていた。
 ――かような処(ところ)で待ち伏せをしていたのでは、緊張に縛られっぱなしで、兵たちだけでなく、己の身も保たぬな。今夜だけはここで野営し、明日の払暁とともに万沢まで退くか?……やはり、国境を越えただけで心気がささくれ立つ。兵たちも殺気立っており、まだ勝手を知った万沢にいる方が落ち着いて構えることができるかもしれぬ。
 信方がそんなことを考えているうちに、西陽が山陰に入り、辺りは淡い宵闇に包まれ始める。 
 その時、物見頭(ものみがしら)の曲淵(まがりぶち)吉景(よしかげ)が駆け寄ってくる。
「御注進! 御大将、南に放ちました物見の者が身延道を北上してくる農夫の一団を見つけましてござりまする」
「農夫?……なにゆえ、農夫とわかった」
「皆、野良着を身につけ、得物(えもの)は持っておらぬという報告でありました」
「して、数は?」
「二、三十かと」
「荷物は携えておらぬのか?」
「背負子(しょいこ)で荷物を運ぶ者が数名おり、あとは巻茣蓙(まきござ)を抱えているだけだと」
 曲淵吉景の話を聞き、信方は確信した。
 ――おそらく、その者どもが謀叛人(むほんにん)の残党だ。具足を捨てて農夫になりすまし、日没を待って国境を越えるつもりだったのであろう。背負子で運ぶ荷物は侍大将らの高価な鎧(よろい)であり、巻茣蓙の中には刀を隠し持っている。間違いない。まずは捕らえて詮議しよう。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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