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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志8 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「その農夫どもをここへ進ませよ」
 信方は物見頭に命じる。
「はっ!」
「四方に弓隊と槍隊を伏せ、いつでも取り囲めるようにしておけ」
 下知を飛ばしてから、信方は兜(かぶと)を被り、緒を締める。
 ――念のためだが、この具足姿を見れば謀叛人どもも観念するであろう。
 己も薄暗くなった林の中に身を隠した。
 すると、灯火も持たない一団が小走りで岐路に現れる。物見頭の報告通り、野良着に巻茣蓙を抱えた姿だった。
 その眼前に、信方が立ち塞がる。林の暗がりから槍を携えた部下が躍り出て、大将の脇を固めた。
「かような時刻から灯(あか)りも持たず、山道をどこへ行くつもりだ?」
 得物も手にせず、信方は腕組みをして仁王立ちになる。
 鎧に身を固めた武者を眼の前にし、農夫と思しき一団は身を凍らせた。
「……へ、へえ、南部宿(なんぶしゅく)におります親戚に頼まれ、野良の仕事を……手伝いに行きますだ」
 先頭にいた野良着が巻茣蓙を胸元に抱えながら答える。
「南部宿といえば、まだ、だいぶ登らねばならぬぞ。この辺りには落武者を狩る野伏(のぶせり)などもおり、灯りなしとは不用心すぎるのではないか?」
 信方は薄く笑いながら訊く。
「……へえ。……ご忠告、ありがたく。……されど、どちらのお武家様で?」
「国境を預かる甲斐の奉行だ」
「えっ!?……されど、ここはまだ駿河の領内……」
 隣にいた角張った顔の野良着が慌てて言葉を遮る。
「お、おめえ、何を言ってるずら。……おらたはこれからまず東の浅間(せんげん)神社にお参りに行くんでねえか。南部宿へ行ぐのは、まだまだ先のことずら」
「えっ、あっ……んだな、すんません」
 先頭の野良着が頭を搔く。
「ふっ……」
 猿芝居を見せられた信方が失笑する。
「浅間神社の宮司には北条家の息がかかっていると聞く。韮山(にらやま)の兵が来ているのではないかと思うが」
「……ま、まことで」
 先頭の野良着が後ろを振り向いて声をかける。
「んだば、昏(くら)くなってきたことだし、いったんは戻るか」
「待て!」
 信方が厳しい声を発する。
「さほど簡単に事は済まぬ。それがしは甲斐の奉行だと申したではないか。そなたらの荷物を検(あらた)めさせてもらわねばならぬ」
「……いや、ここは今川家の……」
「さよう。確かに、今川家の領内だ。されど、武田と今川は和睦し、この国境の奉行はわれら武田勢に任されることになったのだ」



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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