連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志8 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 この状況を受け、渋面の荻原昌勝と血相を変えた飯田虎春が詰問にやって来る。
「板垣、そなたが後始末の報告を行った途端、繁勝が打首となってしまった。御屋形様の御耳にいったい何を吹き込んだ?」
 蓼(たで)の葉を嚙んだような面持ちで、荻原昌勝が訊く。
「吹き込むとは、人聞きの悪い。ありのままに討伐の様子をご報告申し上げただけにござりまするが」
 信方は眉をひそめながら答える。
「虎春がそなたの讒言(ざんげん)により繁勝が打首となったと申しておるが」
 昌勝の隣で、飯田虎春が今にも嚙みつきそうな顔をしていた。
「讒言?……なんのことでありましょうか。前島を頼って甲斐へ逃げると申したのは、謀叛を行った当人たちにござりまする。それをお伝えしたまで。もっとも、御屋形様には捕まった謀叛人の言い逃れゆえ、真に受けられませぬと申し上げておきましたが」
「それが讒言ではないか!」
 飯田虎春が怒気を含んで横から口を挟む。突然、己の手駒を失ったことで、逆上していた。
「滅多なことを申すでないぞ、虎春!」
 信方も怒声を放つ。
「讒言とは、わざと他人を陥れるために弄(ろう)する諂(へつら)いのことぞ! この身のどこに繁勝を陥れる必要があるか」
「それがしに対する嫌がらせとしか思えぬが!」
 虎春もいきり立つ。
「誰がさように間怠(まだる)いことをするか! そなたに文句がある時は、直に出向くまでよ。手下の小者を罠にかけて嫌がらせをするような安い細工などせぬ。それよりも、前島が以前から駿東にいた今川方の親戚と通じていたことを、そなたは知っていたのではないか?」
「……し、知ってるわけが……ありますまい」
「知らなかったのならば、配下への目配りが足りなさではないか。されど、知っていながら見逃していたのならば、今川や北条の内実を探るためだとしても、敵方への内通も同然。この有様となっては、笑うて見過ごすことはできぬぞ」
「な、何を申されまするか! 事もあろうに、この身を通款者(つうかんもの)扱いするとは……。駿河守殿こそ、甲斐の縁者を頼り、武田のために働きたいと命乞いをした農夫を撫で斬りにしたというではありませぬか。なんと非情な。それを聞き、武田家を見限った者たちが村ごと甲斐を出奔したとか。その方が問題でありましょう。皆殺しにしたのが、まことに謀叛人であったのかどうかも怪しいものだ」
「黙れ、虎春! 話をすり替えるな!」
「そちこそ、呼び捨てにいたすな! すでに家中での席次は、それがしが上なのだ!」
「ついに本音が出たな、この追従者(ついしょうもの)めが! 席次など、たったひとつの失敗で、簡単にひっくり返るぞ!」
「不調法だけが取り柄の者に言われたくないわ! 悔しければ、追従でも何でもして、御屋形様に重用されてみよ!」
「おのれ、ほざいたな!……こたびの問題は、内通だ。いつもの如き諂いだけでは逃れられぬぞ!」
 信方が怒りにまかせて吐き捨てた。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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