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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志8 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 報告を受けた信虎は、謀叛人が甲斐の縁故を頼ろうとしていたことに憤慨する。
「やはり、謀叛の残党どもは、甲斐の縁者と通じていたか。武田のために働く所存、だと? ふん、ふざけたことをぬかしおって。その首が、これか」
 首実検を行いながら呟く。
「御屋形様、懼(おそ)れながら申し上げますが、処罰した謀叛人がまことのことを申したとは限りませぬ。咄嗟に聞き及びのある名を出し、その場を逃れようとしたのやもしれず、とても真には受けられぬのではないかと。そのまま、ご報告はいたしましたが、甲斐の者の手引きがあったとは、とうてい思えませぬが」
 信方は謀叛人が「前島繁勝を頼って甲斐へ行きたい」と言ったことを伝えていたが、主君には慎重な判断を注進した。短気な信虎が性急な処罰に動くことを恐れたからである。
「さようなことは調べれば、すぐにわかる。余に見破れぬとでも思うか?」
 信虎は険のある眼差しを向ける。
「……いいえ、滅相もござりませぬ」
「以前から今川と内通する者がいるのではないかと睨(にら)んでおったのだ。いかに縁故とはいえ、和睦する前に敵方と誼(よしみ)を通じていた者は許さぬだけのこと。余に任せておけ」
「……承知いたしました」
「それよりも、こたびの与力に今川がいかなる礼を返してくるのかが見物(みもの)だな。相応の見返りを差し出さぬ限り、ただの和睦だけでは済まさぬぞ。信方、褒美は追って取らせるが、何か所望があれば聞いておく」
「有り難き仕合わせ。できうれば、晴信様の御初陣について、ご一考をお願いいたしたく存じまする」
「ふっ、勝千代(かつちよ)の初陣が、それほど心配か。余は元服した途端、親族との殺し合いが始まった。それを勝ち抜いてこその惣領でしかなかったからな。跡を嗣(つ)がせぬと言われたならば、この信虎を喰い殺すぐらいの気概と性根を持たねば、嫡男とは認められぬ。上げ膳、据え膳の合戦など、何の意味もないわ」
 眼を剥いて長男の傅役を睨む。
「……懼れ入りまする」
「とはいえ、今川との戦いを構える必要がなくなれば、次の戦を考えるのは楽だ。信濃へ出るか、あるいは両上杉と謀り、北条を潰して相模へ出るか。いずれにするかは追って沙汰するゆえ、待っておれ」
「畏(かしこ)まりましてござりまする」
 信方は主君の視線から逃れるように平伏する。
「大儀であった」
 手際よく今川家に恩を売れたということで、信虎の機嫌は悪くなかった。
 しかし、この討伐が家中で新たな騒動の種となったのである。
 まずは奉行衆の前島繁勝が「謀叛人を匿(かくま)おうとした」という咎(とが)で打首となった。
 もちろん、信虎の独断による処罰だった。
 それに驚いた前島家の縁者が奇禍を恐れ、一斉に甲斐を出奔してしまう。ある者は佐久(さく)へ逃げ、ある者は北条を頼って相模へ逃げた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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