報告を受けた信虎は、謀叛人が甲斐の縁故を頼ろうとしていたことに憤慨する。 「やはり、謀叛の残党どもは、甲斐の縁者と通じていたか。武田のために働く所存、だと? ふん、ふざけたことをぬかしおって。その首が、これか」 首実検を行いながら呟く。 「御屋形様、懼(おそ)れながら申し上げますが、処罰した謀叛人がまことのことを申したとは限りませぬ。咄嗟に聞き及びのある名を出し、その場を逃れようとしたのやもしれず、とても真には受けられぬのではないかと。そのまま、ご報告はいたしましたが、甲斐の者の手引きがあったとは、とうてい思えませぬが」 信方は謀叛人が「前島繁勝を頼って甲斐へ行きたい」と言ったことを伝えていたが、主君には慎重な判断を注進した。短気な信虎が性急な処罰に動くことを恐れたからである。 「さようなことは調べれば、すぐにわかる。余に見破れぬとでも思うか?」 信虎は険のある眼差しを向ける。 「……いいえ、滅相もござりませぬ」 「以前から今川と内通する者がいるのではないかと睨(にら)んでおったのだ。いかに縁故とはいえ、和睦する前に敵方と誼(よしみ)を通じていた者は許さぬだけのこと。余に任せておけ」 「……承知いたしました」 「それよりも、こたびの与力に今川がいかなる礼を返してくるのかが見物(みもの)だな。相応の見返りを差し出さぬ限り、ただの和睦だけでは済まさぬぞ。信方、褒美は追って取らせるが、何か所望があれば聞いておく」 「有り難き仕合わせ。できうれば、晴信様の御初陣について、ご一考をお願いいたしたく存じまする」 「ふっ、勝千代(かつちよ)の初陣が、それほど心配か。余は元服した途端、親族との殺し合いが始まった。それを勝ち抜いてこその惣領でしかなかったからな。跡を嗣(つ)がせぬと言われたならば、この信虎を喰い殺すぐらいの気概と性根を持たねば、嫡男とは認められぬ。上げ膳、据え膳の合戦など、何の意味もないわ」 眼を剥いて長男の傅役を睨む。 「……懼れ入りまする」 「とはいえ、今川との戦いを構える必要がなくなれば、次の戦を考えるのは楽だ。信濃へ出るか、あるいは両上杉と謀り、北条を潰して相模へ出るか。いずれにするかは追って沙汰するゆえ、待っておれ」 「畏(かしこ)まりましてござりまする」 信方は主君の視線から逃れるように平伏する。 「大儀であった」 手際よく今川家に恩を売れたということで、信虎の機嫌は悪くなかった。 しかし、この討伐が家中で新たな騒動の種となったのである。 まずは奉行衆の前島繁勝が「謀叛人を匿(かくま)おうとした」という咎(とが)で打首となった。 もちろん、信虎の独断による処罰だった。 それに驚いた前島家の縁者が奇禍を恐れ、一斉に甲斐を出奔してしまう。ある者は佐久(さく)へ逃げ、ある者は北条を頼って相模へ逃げた。