連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志8 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「武田と今川が和睦!?……ま、まさか」
「そのまさかが、実現の運びとなった。そなたらが玄広(げんこう)恵探(えたん)の一味ではなく、まことの農夫ならば、その巻茣蓙の中に刀など入っているわけはあるまい。鋤鍬(すきくわ)や農具が出てくるだけであり、もちろん、あの者が背負っているのも具足のはずはなかろう」
 信方は背負子を担いだ野良着を指差す。それから、その右手をゆっくりと挙げた。
 その途端、四方の林から弓矢を構えた足軽が現れる。さらに、槍を携えた足軽が飛び出し、完全に野良着の一団を囲んだ。
「ゆっくりと巻茣蓙と背負子を地面に下ろし、中身を見せよ。妙な動きをしたならば、即座にこの手を下ろし、あの者たちが矢を放つ」
 信方の言葉に、低く身構えた野良着の者たちが顔を見合わせる。
「……わかりました」
 先頭の野良着が慎重な手つきで巻茣蓙を地面に置く。後ろの者たちも、それに倣(なら)った。
「開けて見せよ」 
 信方に促された先頭の野良着が仕方なさそうに茣蓙を広げる。
 中からは大小二本の刀と鎧通しが現れた。
「やはりな。そなたらは農夫ではなく、駿河の謀叛人であろう」
「申し訳ござりませぬ!」
 そう叫びながら、先頭の野良着が平伏する。
「……確かに、われらは今川家の旧臣にござりまするが、甲斐の奉行衆、前島(まえじま)繁勝(しげかつ)殿の縁故の者にござりまする。すでに今川との縁は切れておりますゆえ、前島殿を頼って甲斐へ行き、武田家のために働く所存でおりますので、どうか、お目こぼしをお願いいたしまする」
「奉行衆の前島殿?」
 信方が半信半疑の面持ちで訊く。
「……ええ……はい」
「さようか」
 地面に平伏する野良着の一団を見つめながら思案する。
 ――確かに、前島の親戚が駿東(すんとう)にいるという話は耳にしたことがないわけではない。されど、この者がまことのことを申しておるとも限らぬ。
 名前の挙がった前島繁勝は信方よりも遥かに末の席にいるが、嫌いな飯田(いいだ)虎春(とらはる)の手足となって動いている奉行衆だった。
「前島殿にはそのことを伝えてあり、承諾をもらっておるのか?」
「……もらっておりまする。われらの他にも別の道筋で甲斐へ逃げた者たちもおりますゆえ」
「ふむ、そういうことであったか。されど、残念であったな。武田の御屋形(おやかた)様は『こたびの今川家の謀叛に関わった者を、一人たりとも甲斐へ入れてはならぬ』と下知なされておる。つまり、ここから先へは一歩も進ませるわけにはいかぬ。さりとて、そなたらが戻ることもできぬ。今川家とは、謀叛人を捕らえた時に引き渡しを行う約束をしているからだ。そこで、せめてもの情けとして、自害するというならば邪魔立てはせぬ」
 信方は厳しい口調で言い渡す。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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