「武田と今川が和睦!?……ま、まさか」 「そのまさかが、実現の運びとなった。そなたらが玄広(げんこう)恵探(えたん)の一味ではなく、まことの農夫ならば、その巻茣蓙の中に刀など入っているわけはあるまい。鋤鍬(すきくわ)や農具が出てくるだけであり、もちろん、あの者が背負っているのも具足のはずはなかろう」 信方は背負子を担いだ野良着を指差す。それから、その右手をゆっくりと挙げた。 その途端、四方の林から弓矢を構えた足軽が現れる。さらに、槍を携えた足軽が飛び出し、完全に野良着の一団を囲んだ。 「ゆっくりと巻茣蓙と背負子を地面に下ろし、中身を見せよ。妙な動きをしたならば、即座にこの手を下ろし、あの者たちが矢を放つ」 信方の言葉に、低く身構えた野良着の者たちが顔を見合わせる。 「……わかりました」 先頭の野良着が慎重な手つきで巻茣蓙を地面に置く。後ろの者たちも、それに倣(なら)った。 「開けて見せよ」 信方に促された先頭の野良着が仕方なさそうに茣蓙を広げる。 中からは大小二本の刀と鎧通しが現れた。 「やはりな。そなたらは農夫ではなく、駿河の謀叛人であろう」 「申し訳ござりませぬ!」 そう叫びながら、先頭の野良着が平伏する。 「……確かに、われらは今川家の旧臣にござりまするが、甲斐の奉行衆、前島(まえじま)繁勝(しげかつ)殿の縁故の者にござりまする。すでに今川との縁は切れておりますゆえ、前島殿を頼って甲斐へ行き、武田家のために働く所存でおりますので、どうか、お目こぼしをお願いいたしまする」 「奉行衆の前島殿?」 信方が半信半疑の面持ちで訊く。 「……ええ……はい」 「さようか」 地面に平伏する野良着の一団を見つめながら思案する。 ――確かに、前島の親戚が駿東(すんとう)にいるという話は耳にしたことがないわけではない。されど、この者がまことのことを申しておるとも限らぬ。 名前の挙がった前島繁勝は信方よりも遥かに末の席にいるが、嫌いな飯田(いいだ)虎春(とらはる)の手足となって動いている奉行衆だった。 「前島殿にはそのことを伝えてあり、承諾をもらっておるのか?」 「……もらっておりまする。われらの他にも別の道筋で甲斐へ逃げた者たちもおりますゆえ」 「ふむ、そういうことであったか。されど、残念であったな。武田の御屋形(おやかた)様は『こたびの今川家の謀叛に関わった者を、一人たりとも甲斐へ入れてはならぬ』と下知なされておる。つまり、ここから先へは一歩も進ませるわけにはいかぬ。さりとて、そなたらが戻ることもできぬ。今川家とは、謀叛人を捕らえた時に引き渡しを行う約束をしているからだ。そこで、せめてもの情けとして、自害するというならば邪魔立てはせぬ」 信方は厳しい口調で言い渡す。