そして、十月になり、突然、御前(ごぜん)評定が招集された。 重臣たちを前に、信虎は上機嫌で口を開く。 「先日、今川家が遣いを寄越し、当家との盟約を深めるため、どうしても縁(えにし)を結びたいと申し入れてきた。惣領の嫁に、於恵(おけい)を欲しいそうだ」 於恵とは、信虎と大井の方の初子であり、晴信の姉だった。 ほとんどの者が初耳であり、驚きを隠せない。今川との和睦から時を経ずしての縁組であり、あまりに性急な感が否めなかったからである。 「御屋形様、恵姫様の御婚儀の話を初めてお聞きし、この常陸めも驚いておりまする」 どうやら家宰の荻原昌勝にも事前の相談はなかったらしい。 「して、御屋形様の返答はいかに?」 「すでに豪勢な結納の品も届いており、そこまで礼を尽くしてくるならば、余としても無下(むげ)に突き放すことはしまい」 「恵姫様のお気持ちは?」 「家同士の婚儀に娘の気持ちなど関係あらぬ」 「はあ……」 昌勝は顔をしかめ、頭を搔く。 すべては信虎の独断で進められているようだ。 「於恵もちょうどよい年頃だし、相手も同歳(おないどし)らしい。年明けには、輿入(こしい)れの運びとなろう」 恵姫はこの年で齢十八となっており、相手の今川義元も齢十八だった。 主君の話を聞きながら、信方は太原雪斎の顔を思い出していた。 ――間違いなく、あの漢の差し金だ。目的を完遂するためならば、あらゆる搦(から)め手を使うてくるということであろう。 「さらに、話はこれだけで終わりではない」 信虎は言葉を続ける。 「当家から嫁を迎える代わりに、勝千代の婚姻を仲介したいと申し入れてきた。相手は京の権大納言(ごんだいなごん)、転法輪三条(てんぽうりんさんじょう)公頼(きんより)殿の次女で、婚儀に関わる手配りはすべて今川で行ってくれるということだ。転法輪三条家といえば、朝廷で最上位の摂家(せっけ)に次ぐ清華(せいが)家のひとつゆえ、父親はいずれ大臣の職に就くであろう。どうだ、勝千代。公卿(くぎょう)の娘ならば、継室に不足はあるまい」 父から婚儀のことを告げられたのは、この時が初めてだった。 晴信は信じ難いという面持ちで、思わず傅役の方を見てしまう。信方は黙って深く頷いてみせた。 「……有り難き……仕合わせにござりまする」 両手をつき、晴信は深々と頭を下げる。 「うむ。そこでだ」 信虎は脇息(きょうそく)に凭(もた)れかかりながら口唇の端で笑う。 「京から嫁を迎えるにあたり、武門の男子が初陣も済ましておらぬのでは、当家の面目も立たぬ。勝千代、年内に一戦(ひといくさ)構えるゆえ、そこで手柄のひとつも立ててみよ。京女の尻に敷かれぬようにな」 「畏まりましてござりまする! 重ねて、有り難き仕合わせ!」 晴信は即答する。