「いい加減にせぬか、二人とも!」 罵り合いを見かねた荻原昌勝が間に入る。 「されど、常陸守殿……」 「止めよと申したはずだぞ、虎春!」 「……はぁ」 「板垣、謀叛人たちはまことに繁勝の縁者だと申したのだな?」 昌勝が問う。 「はい。それがしだけでなく、あの場にいた者、全員が聞いておりまする。不審に思われるならば、直々にお確かめくだされ」 「農夫ではなかったことも確かか?」 「農夫ならば、巻茣蓙に隠していた刀で斬りかかってきたりはしますまい。具足を隠し持っている者もおりました」 「その具足や刀は、いかがいたした?」 「それは……」 信方は雪斎とのやり取りをあえて伏せながら答える。 「……討伐したのが駿河の領内であったため、骸と一緒に捨て置きました。われらは落武者狩りの野伏や野盗ではありませぬゆえ」 「さようか。されど、そなたの報告により繁勝が処罰されたことは確かだ。それについては、いかように考えておるのか?」 「……御屋形様には、謀叛人の言を真に受けられませぬように、とご注進申し上げました。されど、お聞き入れいただけなかったようにござりまする。それについては、この身の不徳と致すところと存じまする」 「板垣、そなたも当家の窮状については重々承知しておろう。兵糧だけではなく、将も兵も足りぬ。一人でも奉行衆を失うということは、われらの仕事に大きな支障をもたらし、ひいては家内の和も乱すことになるのだ。多少の疑いがあったにせよ、御屋形様の御気性を鑑み、今後は少し報告の仕方を考えよ。実直なだけが、家臣の美徳ではないぞ」 「……承知いたしました」 信方は嫌々ながら頷く。 「今川との和睦がなった今こそ、少し戦を休み、われらが一丸となって領内を立て直さねばならぬ」 荻原昌勝は己に言い聞かせるように呟いた。 確かに、天災や不作によって飢饉(ききん)が続く中、さしたる利の見えない合戦への出兵が重なっている。甲斐国内の疲弊は、誰の眼にも明らかだった。 「板垣、そなたは晴信様の御初陣を褒美として所望したそうだが、今は戦ができる状態ではない。そのことを肝に銘じ、あまり御屋形様を煽(あお)り立てぬようにしてくれ」 老家宰の念押しに、信方は黙って頷くしかなかった。 飯田虎春とは物別れに終わったが、事態はそれだけで収まらない。 「信方の讒言が元で前島繁勝が打首になった」と虎春が他の奉行衆に触れ回り、信方の排斥に動いた。 大方の者がそれを聞き入れ、信方が孤立する。しかし、奉行衆の中でも数名は中立を保って事態を静観する者が幾人かおり、その中には次郎の傅役である甘利(あまり)虎泰(とらやす)も含まれていた。 家中の動揺は信虎の耳にも入っていたが、処断した当人はどこ吹く風といった様子だった。