「ということは、そなたが今川義元(よしもと)殿の軍師、太原(たいげん)雪斎(せっさい)殿でござるか」 「いかにも。それがしが雪斎にござりまする。お初にお目にかかりまする」 太原雪斎が行人包にした頭を下げる。 行人包とは兜に前立(まえだて)や脇立(わきだて)を付けず、白布で覆う方法であり、武蔵坊弁慶のような僧兵や入道した武将などが好んで用いる様式のことだった。 「武田信虎が家臣、板垣駿河守信方にござる。こたびは今川家に対する謀叛の討伐の役目を命じられ、推参(すいさん)つかまつりました。それゆえ、駿河領内でのこと、ご容赦くだされ」 信方は礼を返した。 「構いませぬ。すべて、富士の裾野へ謀叛人どもを逃さぬためと解しておりまする。われらは遅ればせながら、その者どもを追ってきました」 雪斎は薄い笑みを浮かべる。 しかし、その双眸(そうぼう)は決して笑っておらず、真っ直ぐに信方を捉えている。まるで、相手の真面目(しんめんもく)を量っているかのような視線だった。 ――ふっ。建前はそうであろうが、本音はわれらがどこでいかような討伐を行うか、検分に来たのであろう。いや、監視か……。太原雪斎、やはり、岐秀(ぎしゅう)禅師が申した通り、喰えぬ漢(おとこ)のようだな。 信方は相手の眼差しを真っ向から受け止めて答える。 「それはご苦労様にござりまする。ならば、逃げた謀叛人はこれで最後と思うて、よろしかろうか」 「はい、これで叛乱(はんらん)はすべて片付きました。かたじけなし」 雪斎は小さく頭を下げながら言う。 「義元様もお喜びになり、今川家はこれから新しい御惣領(ごそうりょう)の下で結束できまする」 「われらも無事に役目を終え、安堵いたしました。ならば、これにて引き揚げさせていただきまする。おい、首級だけ取り、万沢へ戻るぞ」 信方は後方の兵たちに命じた。 「ああ、では、この首はいかがなさりまする?」 雪斎は信方が刎ねた謀叛人の首を差し出す。 「それも頂戴して帰りとうござる。この者たちの褒賞に関わるゆえ。御屋形様に報告がてら首実検をしていただかねばならぬ」 「さようにござりまするか。……いや、板垣殿、ひとつ頼みがあり申す」 「何でありましょうか」 「この首はこちらにいただけませぬか。われらも武田の方々がつつがなく討伐の手伝いを終えられたという証(あかし)を持ち帰り、義元様に報告をせねばなりませぬゆえ。その代わりに、骸はこちらで始末いたしまする」 「いやいや、雪斎殿。それでは勘定が合いませぬ」 皮肉な笑みを浮かべながら、信方が言い放つ。