「そのためには、御屋形様にわれらの真意をお伝えする必要がある。われらは何も御屋形様に逆らおうというつもりではない。まずひとつは土屋殿は武川十二騎衆の筆頭ではなく、そのような振舞は謹んでほしいということであり、あくまでも筆頭が信種殿だということをお認めいただきたいという願いである。加えて、ふたつめは土屋殿が家宰を務めることへの反対であり、新たな家宰は家臣の意見を聞いた上で決めていただきたいとお願いすること。場合によっては、入れ札によって家宰を決めていただきたいと上申いたす。これらのことを起請文に認めたゆえ、皆には血判をもらいたい。それにより、われらが本気でお願いしていることを、御屋形様にわかっていただく。どうであろうか?」 駒井信為が念を押す。 一同は難しい顔で黙り込む。 血判を押した起請文に郷からの愁訴状を加えて主君にぶつけるというのは、かなり強硬な策だった。極論でいえば、叛意があると見なされてもおかしくはなかったからである。 一同の様子を見て、青木信種は懐柔の策を口にする。 「まあ、急なことゆえ、皆も戸惑いがあると思う。されど、武田家に属する家臣たちのことを思うならば、こたびは本気で立ち上がらねばならぬ。御屋形様が駿府からお戻りになるまでに、皆には心を決めてもらいたい」 「信種殿はどこまでもお優しい……。いや、優しすぎるのではありませぬか」 駒井信為が言葉を挟む。 「それがしから皆に言いたい。このまま何事もなく土屋殿らが新府に戻って家宰となれば、ここにいる全員が冷飯を喰わされることは明らかだ。それを避けるためにも、今こそわれらも肚(はら)を括(くく)る必要があるのだ。新府へ入る前に河内(かわうち)路(甲駿往還)で土屋殿らの一行を止め、御屋形様に御裁可を仰ぐという覚悟を持たねばならぬ。それを踏みにじれば、国内の郷村でも嗷訴が起きるとわかっていただくためだ。もはや一歩も引けぬ。その強い決意を持てぬ者は血判すら押すことができぬと思うてくれ。返答は明後日の午後までとする」 意外なほど強い口調で駒井信為が言い放った。 最後は重苦しい雰囲気の中で寄合が終わる。 一同が散っていく中、飯富虎昌は駒井信為が青木信種に囁(ささや)きかけていることを小耳に挟む。 「……とにかく、柳沢枝連衆を下から切り崩していきまする。飯田(いいだ)虎春(とらはる)しか残っておらぬ今のうちが好機にござりまする。われらには武川衆の正当な結束を図るという大義名分がありますゆえ」 「加えて、備前守(びぜんのかみ)の件も頼む」 「承知しておりまする」 そんな会話だった。 ――まずは駿河守殿にお話しすべきだな。その後、飯田殿の寄合にも顔を出しておくか。 二人の内緒話を聞いた飯富虎昌はそそくさと寄合の場を出た。