連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志14 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「もはや、うぬらに勝ち目はない! 残った者は得物を捨てよ!」
 信方の一喝に、広間の隅に追い詰められた敵の足軽たちは、一斉に得物を手放して膝をついた。
「そ奴らを縛りあげろ!」
 多田満頼が手下に命じる。
「満頼、三の曲輪は?」
 信方の問いに、多田満頼が即答する。
「すでにすべての敵兵を抑えました」
「ならば、ここは任せるぞ」
「承知!」
「若、主郭へ急ぎましょう」
 走り始めた信方を、晴信が追う。
 本隊は二の曲輪を出て、一気に主郭へ駆け上がる。
 外へ出ると、少しだけ雪が小降りになっていた。
「若、何という無茶をなされるのか」
 信方が呆(あき)れた顔でぼやく。
「無茶?」
 晴信は怪訝(けげん)そうな顔で聞き返す。
「あのように単独で動かれるとは、見ていたこちらの心の臓が口から飛び出しそうになりましたぞ」
「いや、扉を開けねばと思い、咄嗟(とっさ)に軆が動いてしまったのだ……」
「それはまことに正しい判断と存じまするが、あのような状況で大将が足軽如きと戦う必要はありませぬ。これからはお慎みくださりませ」
 信方が困ったような笑みを浮かべながら言う。
「ああ、わかった」
 晴信と信方が主郭に乗り込むと、内部は不気味なほど静まり返っていた。
 この曲輪だけが二層になっており、上の階へ上がると原虎胤と跡部(あとべ)信秋(のぶあき)の姿が見える。槍を構えた味方の兵が円陣を組み、その中心に帷子(かたびら)姿で縄目を受け、猿轡(さるぐつわ)を嚙まされた者が数名いた。
「鬼美濃、平賀(ひらが)玄心(げんしん)か?」
 信方が声をかける。
 原虎胤が振り向き、味方の兵たちが大将の姿を認めて道を空けた。
「おそらく、そうだと思いまするが、先ほどから何を訊いても答えぬゆえ、猿轡を嚙ませておきました」
「さようか。おい、外してやれ」
 信方に命じられ、足軽の一人が猿轡をむしり奪(と)る。
「そなたが、城主の平賀玄心か?」
 前に出た信方が訊く。
「……そうだとしたならば、何とする」
 帷子姿の者が恨めしそうに信方を見上げながら聞き返す。
「それがしは武田大膳大夫(だいぜんのだいぶ)晴信様が家臣、板垣(いたがき)駿河守(するがのかみ)信方と申す。この城はすでにわれらが制し、戦(いくさ)は終わったゆえ、おとなしく訊かれたことに答えるがよい」
「戦が終わった、だと?……訳もなく勝手に攻め寄せ、何が戦だ。ただの蛮行ではないか」
 平賀玄心が忌々しそうに吠える。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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