「もはや、うぬらに勝ち目はない! 残った者は得物を捨てよ!」 信方の一喝に、広間の隅に追い詰められた敵の足軽たちは、一斉に得物を手放して膝をついた。 「そ奴らを縛りあげろ!」 多田満頼が手下に命じる。 「満頼、三の曲輪は?」 信方の問いに、多田満頼が即答する。 「すでにすべての敵兵を抑えました」 「ならば、ここは任せるぞ」 「承知!」 「若、主郭へ急ぎましょう」 走り始めた信方を、晴信が追う。 本隊は二の曲輪を出て、一気に主郭へ駆け上がる。 外へ出ると、少しだけ雪が小降りになっていた。 「若、何という無茶をなされるのか」 信方が呆(あき)れた顔でぼやく。 「無茶?」 晴信は怪訝(けげん)そうな顔で聞き返す。 「あのように単独で動かれるとは、見ていたこちらの心の臓が口から飛び出しそうになりましたぞ」 「いや、扉を開けねばと思い、咄嗟(とっさ)に軆が動いてしまったのだ……」 「それはまことに正しい判断と存じまするが、あのような状況で大将が足軽如きと戦う必要はありませぬ。これからはお慎みくださりませ」 信方が困ったような笑みを浮かべながら言う。 「ああ、わかった」 晴信と信方が主郭に乗り込むと、内部は不気味なほど静まり返っていた。 この曲輪だけが二層になっており、上の階へ上がると原虎胤と跡部(あとべ)信秋(のぶあき)の姿が見える。槍を構えた味方の兵が円陣を組み、その中心に帷子(かたびら)姿で縄目を受け、猿轡(さるぐつわ)を嚙まされた者が数名いた。 「鬼美濃、平賀(ひらが)玄心(げんしん)か?」 信方が声をかける。 原虎胤が振り向き、味方の兵たちが大将の姿を認めて道を空けた。 「おそらく、そうだと思いまするが、先ほどから何を訊いても答えぬゆえ、猿轡を嚙ませておきました」 「さようか。おい、外してやれ」 信方に命じられ、足軽の一人が猿轡をむしり奪(と)る。 「そなたが、城主の平賀玄心か?」 前に出た信方が訊く。 「……そうだとしたならば、何とする」 帷子姿の者が恨めしそうに信方を見上げながら聞き返す。 「それがしは武田大膳大夫(だいぜんのだいぶ)晴信様が家臣、板垣(いたがき)駿河守(するがのかみ)信方と申す。この城はすでにわれらが制し、戦(いくさ)は終わったゆえ、おとなしく訊かれたことに答えるがよい」 「戦が終わった、だと?……訳もなく勝手に攻め寄せ、何が戦だ。ただの蛮行ではないか」 平賀玄心が忌々しそうに吠える。