連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志14 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「伊賀守、前を行く昌俊(まさとし)に、速歩(はやあし)の伝令を出してくれぬか」
「承知いたしました。何と、お伝えいたしまするか」
 跡部信秋は薄く笑いながら訊く。
「ありのままを伝えるしかあるまい。その上で、御屋形(おやかた)様に早馬を出すよう昌俊に頼んでくれぬか」
「わかりました。それがしが直々にまいりましょう。おそらく、それが最も早いゆえ」
「おお、さようか。ならば、頼む」
 信方は跡部信秋の肩を叩く。
 それから、思い詰めたような面持ちの晴信に近づく。
「若、大丈夫にござりまするか」
「ああ、大丈夫だ。緊張が解け、少しぼうっとしていただけだ」
「さきほどのことならば、お気になされまするな」
「……いや、己の甘さを思い知った。家臣の皆は、あのようになることがわかっていたのであろう」
「若、不躾(ぶしつけ)を承知で、ひとつだけ申し上げてもよろしかろうか」
「構わぬ。何であろうか」
「己の生死がかかった戦場(いくさば)で、潔く振る舞える者など、そうそうはおりませぬ。もちろん、おらぬとは申しませぬが、ほとんど誰もが生き残ろうと姑息に足搔くもの。嘘をつき、相手をごまかし、隙あらば情けを仇(あだ)で返そうといたしまする。それもまた戦場の実相、綺麗事では済みませぬ。この身が平賀であったとしても、同じことをしたやもしれませぬ」
「……思い知った」
「若、過ぎる情けが、仇になることもありまする。時には非情も必要にござりまする」
「それを初陣の教訓としておくよ」
「有り難き御言葉にござりまする。では、諸角殿と鬼美濃に城を任せ、われらは南牧(みなみまき)の陣へ戻り、御屋形様からの連絡を待ちましょう」
「そうしよう」
 晴信はやっと笑顔で頷いた。
 二人は本隊を率いて追手道から南牧の陣へ戻った。
 その頃、跡部信秋は原昌俊の隊に追いつき、海ノ口城を落としたことを伝える。
 ――信方の奴め、やはり、やりおったか。されど、追手の迎撃ではなく、敵城の奇襲とはな……。
 そう思いながら、苦笑いする。
「伊賀守、ご苦労であった。子細はこちらから早馬で御屋形様へお伝えしておく。そなたらは、しばし南牧と海ノ口城で待機していてくれぬか」
「承知いたしました」
「おい、若神子(わかみこ)へ早馬を出せ」
 原昌俊は家臣に命じた。
 すぐに伝令の早馬が出立し、若神子城で宿営している信虎のもとへ朗報が届けられた。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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