連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志4 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 信方は状況を説明し、後輩に協力を依頼する。
「まずは女子(おなご)や童(わっぱ)を要害山(ようがいやま)城へ上げ、できるだけ多くの兵を募らねばならぬのだが」
「ならば、その役は景政(かげまさ)にさせるのがよろしかろう。次郎様の御側についているのだから」
 甘利虎泰は次郎の近習である教来石(きょうらいし)景政を指名する。
 この漢はまだ齢十九だったが、虎泰の下で次郎の近習頭を務めていた。
 後に、この景政が途絶えかけた馬場家の名跡を嗣(つ)ぎ、信房(のぶふさ)と改名することになるのだが、今はまだ教来石の姓を名乗る若衆だった。
「では、御方様や次郎様は景政に任せる。そなたも募兵を手伝うてくれるか」
 信方の申し入れに、甘利虎泰は深く頷く。
「もちろんにござりまする。それがしは西の方を廻りますゆえ、駿河守殿は東側をお願いいたしまする」
「うむ、わかった。そなたがいてくれて助かった」
 信方はあえて後輩に頭を下げた。
「太郎様、お元気な姿を拝見でき、安心いたしました。次郎様もお話ができぬことを寂しがっておられますゆえ、たまにはお声がけくださりませ。誰が何と言おうとも、次郎様は以前とお変わりなく、兄上を慕うておりまする」
 甘利虎泰は笑みを浮かべて言う。
「……わかった」
 太郎も無理やり笑顔をつくって応えた。
「よし。では、手分けして動こう」
 信方は景政に女や童の避難を任せ、太郎と一緒に新府の東側へ向かった。
 二人で近隣の村を廻り、地頭や村長に足軽を出してくれるよう頼む。しかし、ほとんどの村で人手が不足しており、色よい返事はもらえなかった。
 そして、笛吹(ふえふき)のある村に入った途端、二人の愛駒の前に数名の人影が立ち塞がる。
「動(いご)くな!」
 そう叫んだのは、いずれも鍬(くわ)や鋤(すき)を手にし、剣呑(けんのん)な眼差しを向ける農民たちだった。
「われらは怪しい者ではない。新府から来た武田家の者だ」
 信方が訝(いぶか)しげな面持ちで答える。
「わかっとるずら。おまんら、ええからげんにせえよ!」
 先頭に立った髭面の漢が叫ぶ。
「われらは村長と話をしにきただけだ」
「ぬかすな! 長(おさ)を殺したのは、おまんら、武田じゃねえかや」
「何のことだ?……ちゃんと話をしたいゆえ、馬を下りても構わぬか。それと、その物騒なものを収めてくれぬか」
 信方はつとめて冷静な口調で言いながら下馬する。
 太郎も強ばった面持ちで愛駒の背を下りた。
 五人の農民たちは得物を構えたまま二人を睨む。



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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