信方は状況を説明し、後輩に協力を依頼する。 「まずは女子(おなご)や童(わっぱ)を要害山(ようがいやま)城へ上げ、できるだけ多くの兵を募らねばならぬのだが」 「ならば、その役は景政(かげまさ)にさせるのがよろしかろう。次郎様の御側についているのだから」 甘利虎泰は次郎の近習である教来石(きょうらいし)景政を指名する。 この漢はまだ齢十九だったが、虎泰の下で次郎の近習頭を務めていた。 後に、この景政が途絶えかけた馬場家の名跡を嗣(つ)ぎ、信房(のぶふさ)と改名することになるのだが、今はまだ教来石の姓を名乗る若衆だった。 「では、御方様や次郎様は景政に任せる。そなたも募兵を手伝うてくれるか」 信方の申し入れに、甘利虎泰は深く頷く。 「もちろんにござりまする。それがしは西の方を廻りますゆえ、駿河守殿は東側をお願いいたしまする」 「うむ、わかった。そなたがいてくれて助かった」 信方はあえて後輩に頭を下げた。 「太郎様、お元気な姿を拝見でき、安心いたしました。次郎様もお話ができぬことを寂しがっておられますゆえ、たまにはお声がけくださりませ。誰が何と言おうとも、次郎様は以前とお変わりなく、兄上を慕うておりまする」 甘利虎泰は笑みを浮かべて言う。 「……わかった」 太郎も無理やり笑顔をつくって応えた。 「よし。では、手分けして動こう」 信方は景政に女や童の避難を任せ、太郎と一緒に新府の東側へ向かった。 二人で近隣の村を廻り、地頭や村長に足軽を出してくれるよう頼む。しかし、ほとんどの村で人手が不足しており、色よい返事はもらえなかった。 そして、笛吹(ふえふき)のある村に入った途端、二人の愛駒の前に数名の人影が立ち塞がる。 「動(いご)くな!」 そう叫んだのは、いずれも鍬(くわ)や鋤(すき)を手にし、剣呑(けんのん)な眼差しを向ける農民たちだった。 「われらは怪しい者ではない。新府から来た武田家の者だ」 信方が訝(いぶか)しげな面持ちで答える。 「わかっとるずら。おまんら、ええからげんにせえよ!」 先頭に立った髭面の漢が叫ぶ。 「われらは村長と話をしにきただけだ」 「ぬかすな! 長(おさ)を殺したのは、おまんら、武田じゃねえかや」 「何のことだ?……ちゃんと話をしたいゆえ、馬を下りても構わぬか。それと、その物騒なものを収めてくれぬか」 信方はつとめて冷静な口調で言いながら下馬する。 太郎も強ばった面持ちで愛駒の背を下りた。 五人の農民たちは得物を構えたまま二人を睨む。