――悪意を持ち、この風聞を広めている者がいるような気がする。甲斐一国が危機に瀕している時に、なんという愚行であるか。 しかし、信方の思いと反し、この風聞は半ば事実であるかのように公然と話されるようになった。 実際、薬師と侍女の立花以外に朝霧姫の姿を見た者はおらず、疫病を患ったのか、気鬱からくる体調の不良なのかも、判然としなかった。 健康な軆をも蝕むような蒸し暑い夏が終わり、やっと収穫の秋を迎えても状況は改善しない。大麦だけは少し採れたが、いきなり台風に見舞われ、稲や雑穀が大きな被害を受ける。収穫は例年の三分の一になり、民は山で蕨(わらび)や食べられそうな雑草などを取り、何とか食いつなぐという有様だった。 この被害は、武田家をも直撃する。 秋の俸禄(ほうろく)が半減され、家臣たちも蓄えを取り崩すしかなくなった。 そんな折、藤乃が不安げな顔で信方に訊ねる。 「お前様、少しお訊ねしたいことが……」 「どうした。俸禄のことか?」 「いいえ、それならば、倹約で凌ぐしかないと思っておりまする。そうではなく、朝霧様のことで……」 「例の風聞か」 「お前様も耳になされましたか」 「ああ、愚にもつかぬ噂話だ。太郎様がお話もできぬと悩んでおられ、やっと花見でもしようかという矢先に、朝霧様が病いに倒れられたのだ。そなたも存じておろう。だいたい、閨にも通わず、どうやって、ややこができるというのだ」 「わたくしもさように思っておりました。されど……」 藤乃が次の言葉を言い淀む。 「されど、どうした?……まさか、まことのことだと申すのではあるまいな」 「御方様が……大井の御方様が風聞を訝(いぶか)り、立花殿に様子をお訊ねになったそうにござりまする。朝霧様が余りに長く病いの床に臥せっていることを心配であったのだと思いまする。ところが、立花殿は答えを濁すばかりで、何かを隠しているような様子であったと。そこで御方様が薬師に詰問したところ、どうやら、朝霧様の御懐妊はまことのことらしいと」 「ま、まさか……」 「わたくしも、先日、御方様から打ち明けられ、信じ難い思いをいたしました。されど、もしも、まことのことならば、由々しき問題ではないかと考え、お前様にお訊ねいたしました」 「……太郎様がこっそり朝霧殿の寝所に通っていたということか?」 「それならば、まだしも……。太郎様ではないのならば、もっと由々しき問題ではありませぬか」 藤乃の心配に、信方が眼を剥く。