「練香や細帯は、その人により好みがはっきりとわかれ、殿方がそれを見抜くのは、なかなかに難しゅうござりまする。わたくしのように御方様の側で長くお仕えしていても、練香や細帯を選んで差し上げるのはひと苦労。やはり、最初は一束一本が無難かもしれませぬ。女人は季節や装束の色によって丈長も変えますゆえ、色々な飾り杉原をいただけるのは、まことにうれしゅうござりまする」 「そういうものであるか……」 「されど、問題もありまする」 「問題?」 「甲斐で朝霧様が喜ばれるような衵や杉原が手に入るかどうか」 「難しいのか?」 「京の都で、もてはやされるような艶やかなものは、やはり……」 藤乃は小さく首を横に振る。 「……せめて、駿府(すんぷ)へでも探しに行くことができれば見つかると思いまする。今川家の御方様が都から参られましたゆえ、あそこならば京風の物がたくさんありまする」 「駿府か……」 信方も腕組みをして首を振る。 「それは、ちと厳しいな。今は目立った戦(いくさ)がないにしても、われらと今川家が敵同士であることに違いはないからな」 「……手立てがまったくないというわけでもありませぬが」 藤乃の呟きに、信方が眼を見開く。 「いかような方法であるか?」 「御方様にも関わることゆえ、お前様に申し上げてよいやら……」 「水くさい言い方をするな。見かけ以上に、この口は堅い。太郎様のためではないか」 「わかりました。実は、いつも御方様の御用をきいてくださる下諏訪(しもすわ)の商人(あきゅうど)、久兵衛(きゅうべえ)殿が駿府にもよく参られるようで、京へも伝手(つて)がおありになるのだとか。その方は御方様の御父上が今川方に与(くみ)しておられた頃からの御用聞きにござりますゆえ、甲斐ではなかなか見かけぬ、珍しい京風の品々なども見繕ってくださりまする。されど、それが御屋形様の御耳に入りますれば……」 長い睫毛(まつげ)を伏せ、藤乃が次の言葉を吞み込む。 「確かにな」 信方も眉をひそめる。 「今川家に近いと知れれば、久兵衛殿とやらが新府への出入りを禁じられるやもしれぬ。さすれば、御方様にも奇禍(きか)が及びかねぬ。確か、下諏訪の商人と申したな?」 「はい、さようにござりまする」 「今、当家は韮崎(にらさき)を挟んで諏訪(すわ)頼満(よりみつ)とも睨み合っておる最中だ。今川とのことだけでなく、何かと差し障りが大きいやもしれぬな……」 「やはり、余計なことを申し上げてしまったようにござりまする。相すみませぬ」 藤乃は差出口を後悔するような表情で俯く。 その顔を見ながら、信方は盃を置き、再び思案する。 ──確かに、厄介の種がないわけではない。されど、悩み事が山積する中で、太郎様が前を向いておられるのだから、この身も面倒を恐れて尻込みするわけにはいかぬ。せっかく、於藤が良い智慧(ちえ)を授けてくれたのだ。乗らぬ手はあるまい。