よみもの・連載

信玄

第七章 新波到来(しんぱとうらい)2

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

「高田城の東にあります庭谷(にわや)城の庭屋(にわや)左衛門尉(さえもんのじょう)からはすでにわれらの下に参じたいという申し出を受けておりまする。この者は元々、小幡の重臣でありましたが図書介(ずしょのすけ)の乗っ取りがあってから、仕方なく従っておりました。されど、当方へは常に内密の連絡があり、こうした機会を待っていたようにござりまする。お許しいただけますならば、明日にでもお目通りをお願いいただけませぬか」
「もちろんだ。そなたの旧臣ならば歓迎する」
「有り難き仕合わせ。左衛門尉が申すには、庭谷城の東にあります長根(ながね)城の小河原(おがわら)重清(しげきよ)、神保(じんぼ)城の神保昌光(まさみつ)も同心したいという意向を伝えてきたようにござりまする。さらに南にある天引(あまびき)城の甘尾若狭守(あまおわかさのかみ)までを引き込めば、内山峠筋に居を構える者たちをほとんど味方につけたことになりまする」
「なるほど。何とか年内に話をつけられそうか?」
「はい。邁進(まいしん)いたしまする。皆も年内に肚(はら)を決め、穏やかな正月を迎えたいと考えておりましょうて」
 小幡憲重は自信を覗(のぞ)かせる。
「さすが、この辺りでは顔が利くな、尾張守」
 飯富虎昌が満足そうに笑う。
「頼もしい限りではありませぬか、若」
「うむ。他に目星がつく者はおらぬか?」
 義信はさらに話を進めようとする。
「内山峠筋の者でなくとも構いませぬか」
「構わぬ」
「この城から七里(約二十八㌔)ほど北へ行ったところの大塚(おおつか)城に小林(こばやし)監物(けんもつ)という国人がおりまする。多野(たの)郡大塚郷の小領主にござりますが、かの者ならば、われらの申し入れに応じるやもしれませぬ」
 小幡憲重は十国(じっこく)峠筋にある大塚城を差し示す。
 一同はそれを覗き込んだ。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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