それから、侍女頭の処(ところ)へ出向き、湯浴みの件を含めて諸々の事柄を話し合った。 二人の見解はほぼ一緒であり、そこに大きな齟齬(そご)はない。夜伽(よとぎ)が円滑に行われ、子作りが進めば、それで万事解決である。 「では、常磐殿、よろしくお願いいたす」 「はい。有り難うござりまする」 「心配なされるな。大丈夫、若は三条の御方様に一目惚れなされたようだ。黙って見守っていきましょう。きっと、うまくいきまする」 「はい」 「他にも何かあれば、遠慮なく申し出てくれ」 信方も常磐を信頼し始めていた。 ――孫の誕生となれば、御屋形(おやかた)様と若の御関係も少し変わってくるやもしれぬ。 そんな期待もあった。 周囲の努力もあり、晴信の新しい生活は順調に廻り始めた。 その矢先のある夜、宿直(とのい)番についていた教来石(きょうらいし)信房(のぶふさ)が信方のもとへ駆け込んでくる。 「駿河守(するがのかみ)殿、火急の件にて失礼いたしまする!」 「どうした、さように慌てて」 「若君様のお屋敷に来ていただけませぬか」 「何かあったのか?」 「はい、大変なことが起きておりまする。子細は行く道々でお話しいたしますゆえ、急ぎお願いいたしまする」 「わかった」 信方は近習頭(きんじゅうがしら)の顔色から大変な騒ぎが起こっていることを察知し、すぐに晴信の屋敷へ向かう。 教来石信房の話によれば、突然、信虎(のぶとら)の小姓が現れ、「御屋形様が三条の御方様をお呼びにござりまする」と告げたらしい。すでに慶子は晴信と寝所に入っていたため、「明日、改めて」と答えたところ、それを聞いた信虎が血相を変えて乗り込んできたという。しかも、相当に酔っているらしい。 「……常磐殿が応対に出ましたが、御屋形様の剣幕も凄まじく、ただでおさまりそうにありませぬ。どうか、お執(と)りなしをお願いいたしまする」 教来石信房は青ざめた顔で告げる。 「わかった。とにかく急ごう」 信方が屋敷の門をくぐると、信虎の怒声が聞こえてきた。