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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)7 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 それから、侍女頭の処(ところ)へ出向き、湯浴みの件を含めて諸々の事柄を話し合った。
 二人の見解はほぼ一緒であり、そこに大きな齟齬(そご)はない。夜伽(よとぎ)が円滑に行われ、子作りが進めば、それで万事解決である。
「では、常磐殿、よろしくお願いいたす」
「はい。有り難うござりまする」
「心配なされるな。大丈夫、若は三条の御方様に一目惚れなされたようだ。黙って見守っていきましょう。きっと、うまくいきまする」
「はい」
「他にも何かあれば、遠慮なく申し出てくれ」
 信方も常磐を信頼し始めていた。
 ――孫の誕生となれば、御屋形(おやかた)様と若の御関係も少し変わってくるやもしれぬ。
 そんな期待もあった。
 周囲の努力もあり、晴信の新しい生活は順調に廻り始めた。
 その矢先のある夜、宿直(とのい)番についていた教来石(きょうらいし)信房(のぶふさ)が信方のもとへ駆け込んでくる。
「駿河守(するがのかみ)殿、火急の件にて失礼いたしまする!」
「どうした、さように慌てて」
「若君様のお屋敷に来ていただけませぬか」
「何かあったのか?」
「はい、大変なことが起きておりまする。子細は行く道々でお話しいたしますゆえ、急ぎお願いいたしまする」
「わかった」
 信方は近習頭(きんじゅうがしら)の顔色から大変な騒ぎが起こっていることを察知し、すぐに晴信の屋敷へ向かう。
 教来石信房の話によれば、突然、信虎(のぶとら)の小姓が現れ、「御屋形様が三条の御方様をお呼びにござりまする」と告げたらしい。すでに慶子は晴信と寝所に入っていたため、「明日、改めて」と答えたところ、それを聞いた信虎が血相を変えて乗り込んできたという。しかも、相当に酔っているらしい。
「……常磐殿が応対に出ましたが、御屋形様の剣幕も凄まじく、ただでおさまりそうにありませぬ。どうか、お執(と)りなしをお願いいたしまする」
 教来石信房は青ざめた顔で告げる。
「わかった。とにかく急ごう」
 信方が屋敷の門をくぐると、信虎の怒声が聞こえてきた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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