国分寺表を出てから、幸隆は念のために虚空蔵山(こくぞうさん)の伊勢崎砦(いせざきとりで)に海野棟綱を入れ、そこから使番を走らせて城代の禰津元直(もとなお)と城将の矢沢頼綱(よりつな)に詳細を伝えることにした。 ところが、しばらくして顔色を失った使番が戻ってくる。 「……申し訳ござりませぬ。……砥石城へ入れませんでした」 「はぁ?」 幸隆が眉をひそめる。 「どういうことだ、それは」 「……城門が固く閉ざされておりまして……しかも、その……追手門に奇妙な旗幟が……丸に上の一字……その紋が見えまして……」 使番がしどろもどろで答える。 「丸に上の一字!?……村上の紋だと申すか。まさか、見間違いではないのか?」 「いいえ、確かに、その旗幟が……」 「砥石城が村上に落とされたと申すか?」 「……落とされたという気配ではなく、戦いがあったような痕も見当たりませなんだ」 「ならば、禰津殿が城ごと村上に寝返ったと言いたいのか?」 怒りを含んだ声で、幸隆が問い詰める。 「……いいえ、滅相もござりませぬ。……されど、奇妙な気配で城門が閉ざされていることは確かで」 「もう一度、確かめてまいれ!」 「はっ! 申し訳ござりませぬ」 使番は尻を蹴り上げられたように駆け出す。 ――この短い間に、村上義清が砥石城へ攻めかけたとは思えぬ。それに、さほど簡単に落ちる城ではない……。 幸隆は嫌な予感を抱きながら、半月ほど前の評定のことを思い出した。