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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)13 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 その気迫に押され、海野棟綱は小さく頷(うなず)いた。
「砥石城に入っているのは、誰であったか?」
「禰津(ねつ)の叔父上と矢沢(やざわ)殿にござりまする」
「そなたと幸隆の策では、砥石城に籠城し、上杉憲政殿の援軍を待つということか?」
 棟綱の問いに、嫡男が即答する。
「はい、さようにござりまする。すでに上野の平井(ひらい)城と箕輪(みのわ)城の長野(ながの)業正(なりまさ)殿へ早馬を飛ばしておりまする。砥石城の守りの堅さならば、敵も簡単に攻め寄せることはできず、援軍の到着まで持ち堪えることができるはず。ここを出て、神川を渡りましたならば、それがしが対岸の武田勢を見張りますゆえ、父上は急ぎ砥石城へお入りくださりませ。嚮導(きょうどう)と護衛は幸隆殿にお任せいたしまする」
「そなたの手勢だけで武田と一戦交えると申すか?」
「いいえ、さほど大それたことではなく、もしも武田勢が犠牲を顧みずに渡河しようとしたならば、岸から矢を浴びせかけてやりまする。危ういと見たならば、すぐに砥石城へ撤退しますゆえ、どうかご心配なく」
「……うむ、そなたがそこまで申すならば、致し方あるまい。すぐに動こう」
 海野棟綱も覚悟を決めたようだ。
「では、幸隆殿、父上を頼む。それがしは殿軍(しんがり)を引き受ける」
 海野幸義の言葉に、真田幸隆は大きく頷く。
「わかりました。どうか、お気をつけて。くれぐれもご無理はなさらぬように」
「ああ。では、後ほど砥石城で」
 こうして慌ただしく総勢で撤退が開始された。
 真田幸隆は先遣隊として真っ先に神川を渡り、西側から迫ってくるはずの村上勢を警戒しながら砥石城を目指す。海野幸義は神川の西岸にある信濃国分寺(しなのこくぶんじ)に陣を置き、武田勢と諏訪勢の動きに備えた。
 幸隆が向かう砥石城は、国分寺表から北に二里(八`)ほど登った東太郎山(ひがしたろうやま)の尾根上に築かれ、南の上田平(うえだだいら)や北東の真田郷を一望できる位置にある。
 そして、この城の最大の特徴は、追手門(おうてもん)に通ずる急坂にあった。城へ至るには、その追手道を登るしかないのだが、東太郎山の岩肌が剥き出しになっており、容易に登攀(とうはん)できる状態ではない。それがまるで砥石の表面のようであることから城名がつけられた。
 滑りやすい急坂を登ってくる敵は、追手門に陣取った弓箭手(きゅうせんしゅ)からは格好の標的となる。それが砥石城が難攻不落と呼ばれる所以(ゆえん)だった。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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