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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)11 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「最後は御屋形様がお決めになるとしても、評定における奉行衆の意見も問われるでありましょうから、数をまとめるのは大事にござりまする」
「やはり、向こうについた武川衆の切り崩しを謀るしかないか」
「それもありますが、少し若い奉行衆を束ねるというのもよいかもしれませぬ。わが弟の政武や陣馬奉行の原加賀守、鬼美濃(おにみの)などを中心に、この先を担う者たちをまとめて引き込む算段をいたしましょう。それに足軽頭の曽根、横田、多田、小畠らに声をかけておきまする。奉行衆だけでなく直に兵を率いる者たちを味方につけておくことが肝要。新参者の跡部や飯富などにも話を持ちかけておきまする。さて、問題は駿河守と甘利備前をどうするかにござりまする。これは晴信様と次郎様の今後にも関わることゆえ、慎重に動かねばなりませぬ」
「やはり、御屋形様の御意向を汲(く)み取れば、次郎様と甘利虎泰は味方に引き入れておかねばならぬのではありませぬか」
「確かに。おそらく来年、次郎様の御初陣があるでしょうから甘利備前は押さえておく必要がありまする。されど、晴信様と駿河守については、諸刃(もろは)の剣となる怖れがありまする。もしも、味方に引き入れた後に、御屋形様が廃嫡をお決めになったりすれば、われらも冷や飯を覚悟せねばなりませぬ。されど、今ひとつ、御屋形様の肚(はら)の底が読み切れませぬ」
 駒井信為が渋い表情になる。
「信為殿はいかように考えておられる?」
 青木信種は相手の肚の裡(うち)をさぐるように訊く。
「微妙なところ……では、ありませぬか。御屋形様の次郎様に対する溺愛は誰の眼にも明らかであり、飯田虎春の如く晴信様の廃嫡を決めつけている者もおる。奉行衆の多くも晴信様に跡目はないと見ているのではありませぬか。されど、まことに御屋形様が廃嫡までを考えておられるかどうかはわかりませぬ。もしかすると、晴信様を新府から出し、どこかの城主に据えるということならばあるやもしれませぬ。されど、問題は駿河守にござりまする。こたびの佐久出陣を見てもわかる通り、かの者が本気になった時の武辺(ぶへん)は尋常ではありませぬ。これを手放すのがよいのかどうか。加えて、下の者たちの信頼も意外に厚い。晴信様と駿河守については、しばらく静観しながら御屋形様のご内意を探るのがよいかもしれませぬ」
「甘利虎泰は?」
「それがしが話を投げかけてみまする。飯田虎春あたりが、うろちょろする前に、こちらも素早く動きましょう」
「そういたそう」
 青木信種は同じ武川衆の土屋昌遠を嫌っていたが、同じように駒井信為は飯田虎春を目障りだと思っているらしい。
 荻原昌勝の引退を目前にして、急に家中が動き始め、大きく二つの陣営に分かれようとしていた。
 こうした動向は、佐久にいる信方や飯富虎昌には知らされず、密かに加速していく。そんな中で、傅役と離された晴信だけが孤立し始めていた。
 そして、思わぬことが起こった。なんと父の信虎から直々に呼び出されたのである。
 近習頭(きんじゅうがしら)の荻原虎重(とらしげ)に付き添われ、晴信は父のいる寝所へ向かう。直々の話で寝所というのも奇妙だったが、そんなことを考える余裕もなく、緊張に縛られた。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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