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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)11 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 二人は護衛の家臣を伴い、諏訪の上原(うえはら)城を訪ねた。
「ようこそ、お出でになりました、原加賀守殿」
 出迎えた諏訪頼重(よりしげ)の表情は硬い。
 ――やはり、それがしの来訪を相当に警戒しているようだな。
 原昌俊は他愛のない世間話などをしながら相手を焦らした。
 すると、我慢できずに諏訪頼重が切り出す。
「……加賀守殿、そなたがお出でになったのだから、何か大事な話があるのでは?」
「ああ、無駄話が過ぎましたか。これは失礼をばいたしました」
 微(かす)かな笑みを浮かべ、原昌俊が小さく頭を下げる。
 二人のやり取りを、気配を消した跡部信秋がじっと見つめていた。 
「では、御言葉に甘えまして本題に入らせていただきまする。実はこたび、御屋形(おやかた)様の命を受けまして、お願い事をお伝えに参りました」
「信虎(のぶとら)殿からのお願い事?」
 諏訪頼重が表情を曇らせる。
「……はて、何でありましょうや」
「頼重殿もご存じの通り、当家はいま佐久(さく)で戦(いくさ)を構えておりまする。われらとしては平賀(ひらが)玄心(げんしん)の残党を駆逐し、佐久往還の風通しを良くしたいだけにござるが、なにゆえか北信濃の村上義清が平賀残党の後盾となって邪魔立てしておりまする。そのせいで、われらの将兵が足止めをくい、本来ならばすぐに終わるはずの仕置が長びいてしまいました。敵は海尻(うみじり)城へ相当の兵を入れており、進路を封じておりまする。ご存じでありましたか?」
「えっ!」
 諏訪頼重の眼に不安の黒雲が湧き上がる。
 その微細な動揺を、原昌俊と跡部信秋は見逃していなかった。
「……申し訳ござりませぬが、お問いかけを聞き逃しました。どの件についての……お訊ねでござりましょうや?」
「海尻城における村上義清の動きについてでござる。頼重殿は、ご存じでありましたか?」
「……いいえ、存じておりませなんだ」
「さようにござるか。当家といたしましても仇敵(きゅうてき)平賀の討伐を始めたからには、何がありましても残党を一掃しながら平賀城まで早急に攻め寄せねばならぬと考えておりまする。村上義清の真意は量りかねますが、『相手が誰であれ容赦をするな』と御屋形様に命じられました。佐久での急戦となれば、地勢から考えても、この諏訪とも無縁の事柄ではなく、それなりにご迷惑をおかけいたすことになるかと。されど、諏訪家におかれましては頼満(よりみつ)殿のご逝去から間もなく、頼重殿は禰々姫(ねねひめ)様との御婚儀を控えておられるゆえ、矢面(やおもて)に立っていただくわけにはまいりますまい。そういったことも勘案し、御屋形様は武田家随一の猛将と精兵を揃え、佐久へ押し出せとお命じになられました」
「こたびは何方(どなた)が御出陣なさるのでありましょう?」
「晴信様の初陣にて、殿軍(しんがり)でありながら海ノ口(うんのくち)城を落とした板垣駿河守にござりまする」
「なるほど……」
「先ほども申しました通り、こたびは迅速に敵城を撃破せねばなりませぬので、兵もそれなりの頭数を揃えました。ただし、何分にも急拵えの出陣でありましたゆえ、支度が足りておりませぬ。そこで諏訪家に兵粮(ひょうろう)奉行をお願いできませぬかと」
「兵粮奉行?」
「ええ。お恥ずかしい話になりますが、算段していた兵糧よりも兵の数が増えてしまい、手当がつきませなんだ」



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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