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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)11 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「次郎様の御元服と御初陣が終わりましたならば、御屋形様は晴信殿の廃嫡に向かって動かれるのではないかと思うておりまする。表立って廃嫡を口になされぬとしても、新たに得た城の主(あるじ)として送り出し、次郎様を正式な後継者となさるぐらいのことはお考えだと存じまする。晴信殿への不興はあからさまであり、武田を背負っていける器量でないことは充分にわかりました。次なる家宰をはじめとして家中一丸となり、その体制をお支えしなければならぬということにござりまする。肝心なのは、われらが次郎様を担ぐ意志を明確に表明することにござりますが、それに際して一人、懐柔せねばならぬ者がおりまする」
「それは誰か?」
 土屋昌遠が身を乗り出す。
「備前守(びぜんのかみ)にござりまする。かの者は生来の頑固者であることに加え、上輩である駿河守に気を遣うてか、未だ態度を明らかにしておりませぬ。とにかく、まずは虎泰(とらやす)を懐柔し、こちらの陣営に引き込まねば話が始まりませぬ」
 飯田虎春は次郎の傅役(もりやく)である甘利(あまり)虎泰の名を上げた。
「甘利は確かに頑固だからの」
 柳沢信興が呟(つぶや)く。
「備前守をこちらに引き込む役目は、それがしにお任せくださりませ。必ずや、得心(とくしん)させてみせまする。とにかく、誰かが寄合に引き込む前に、動かねば」
 その言に、柳沢信興が小首を傾げる。
「……われらの他に、こうした寄合を開いていることを知っておるのか?」
「さて、どうでありましょう。されど、ここには居られぬ武川衆の方々が開いていても、おかしくはありますまい。あまり暢気(のんき)に構えてはいられぬのでは」
 飯田虎春の答えに、一同は首を捻る。
 その言葉通り、新府にある別の屋敷で密かな会合が持たれていた。
 こちらの中心にいたのは、土屋昌遠と同じ武川衆の重鎮だが、彼らとは袂(たもと)を分かった青木(あおき)信種(のぶたね)である。それを補佐するように駒井(こまい)政武(まさたけ)がおり、人数は土屋らの寄合の半分ぐらいだった。
 元々、青木家は武川十二騎衆の筆頭であったが、それは信種の父である義虎(よしとら)の代までのことであり、三年前に逝去してからは土屋昌遠が実権を握っている。
 青木家の嫡男として、信種はそのことをよく思っておらず、別の一派を形成した。そして、譜代家老の駒井信為(のぶため)を相談役として迎えている。
「さっそく柳沢殿から寄合のお誘いがありましたぞ。家中の今後について話し合いたいそうで、飯田虎春あたりの姿も見え隠れしているようで」
 薄い笑みを浮かべながら、駒井信為が言う。
「向こうはすでに家宰の座についたつもりか。いい気なものだ!」
 青木信種が憤懣(ふんまん)をぶちまけるように吐き捨てる。
「それなりの人数が集まっているようで、やる気満々のようでござる。土屋殿はいかにも武川衆筆頭の如(ごと)き顔をなされておるが、義虎殿がご存命であらば、間違いなく次の家宰となっていたでありましょう。それがしは間違いなく青木家が武川衆筆頭であり、嫡男である信種殿が家宰となるべきと思うておりまする」
「頼もしき御言葉、有り難うござりまする。われらもそれなりの人数を揃えねばなりませぬな」



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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