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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)11 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

 荻原昌勝が引退となれば、重臣の筆頭は今年で齢(よわい)六十一となった長老格の土屋(つちや)昌遠(まさとお)であり、次期家宰の最有力候補と目されていた。この漢(おとこ)は甲斐北西の国境を守る屈強な武川(むかわ)衆を率いて大きな勢力を持っており、土屋昌遠には同じく武川衆の一員である柳沢(やなぎさわ)信興(のぶおき)や貞興(さだおき)の親子がついている。
 土屋昌遠はさっそく屋敷に味方の者たちを集め、今後の対策を練る会合を開く。その席には飯田(いいだ)虎春(とらはる)の姿もあった。
 柳沢信興が進行役として話の口火を切る。
「こたびの佐久の戦が終われば、次は大掛かりな信濃への侵攻となりましょう。かような時期に家宰が不在では家中がまとまりに欠けますゆえ、是非、昌遠殿に立っていただきたく存じまする。いかように考えても、次なる家宰は昌遠殿しかおりますまい」
 その言葉を聞き、列席者も「そうだ、そうだ」と相槌(あいづち)を打つ。
「まあまあ、それは御屋形様がお決めになることゆえ、自ら立つというのも面映ゆい。今は御沙汰を待つ時ではないか」
 土屋昌遠は謙遜(けんそん)を口にする。
「それならば、われら奉行衆が連署して昌遠殿の就任を御屋形様にお願いいたしまする。こういうことは早いに越したことはありませぬ。良からぬ企(たくら)みを抱いている者がいないとも限りませぬゆえ、われらの意志は明確にしておいた方がよかろうと存じまする」
 柳沢信興の進言に、再び列席者が相槌を打つ。
「皆がさように申すならば、異を唱えるつもりはないが」
 土屋昌遠は満更でもない顔つきで頷く。
「では、起請文(きしょうもん)と御屋形様への上申書を作るので、皆には連署をお願いいたす」
 柳沢信興が手早く話をまとめた。
 その時、飯田虎春が手を挙げる。
「ひとつ、よろしかろうか、信興殿」
「何であろうか、但馬(たじま)殿」
「信濃での次の戦は、間違いなく次郎様の御初陣となりまする。御屋形様への上申書を認(したた)めるならば、その点をしかと踏まえ、昌遠殿が次郎様の軍師を務められるというのはいかがにござりましょう。御屋形様は何よりも次郎様の武功を望まれており、昌遠殿が家宰として家中をまとめながら軍師として寄り添えば、お立場がより盤石になるのではありませぬか」
「なるほど」
 柳沢信興が唸(うな)る。
「されど、次なる合戦がいかなるものになるか、わかっておらぬ以上、軽々に軍師を務めたいなどとは申せぬぞ」
 土屋昌遠が顔をしかめながら言う。
「そのことについてならば、だいたい察しがついておりまする」
 すました顔で飯田虎春が答える。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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