「加えて、まことに残念だが、昌勝を隠居させてやらねばならなくなった。家宰の役目については、こたびの戦働きなどを勘案して決めるゆえ、後釜に座りたい者は心してかかるがよい。それまでは虎重を通して通達を出し、戦のやり繰りに関しては昌俊に任せる。新たな所領が眼の前にぶら下がっておる。気合を入れて参れ!」 「おうっ」 「大儀であった」 信虎は満悦で評定の場を後にした。 「若、長きにわたる無沙汰をしてしまいました」 信方が晴信に頭を下げる。 「……もう会えぬかと思うたぞ」 「何を申されまするか」 「戻ってくれてよかった」 「おお、嬉しき御言葉。若にもやっとこの身の大事さがわかってきましたか」 「さようなことは最初からわかっている。わかりきったことを、わざわざ申すな」 晴信は怒った顔で踵(きびす)を返す。 「若、何をぷりぷりなさっておりまする」 信方は小首を傾げながら後を追う。 武田次郎の元服が天文(てんぶん)十年の五月に執り行われ、初陣は海野平の滋野攻めと決まった。 しかし、晴信と信方は留守居役として新府の守りを命じられる。 この海野平合戦は武田家の予想を遥(はる)かに上回る空前の規模となった。