連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)11 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「次なる合戦があるならば、二通りしか考えられませぬ。いま駿河守が出張っている戦を前捌(まえさば)きと考えるならば、海野平(うんのだいら)の滋野(しげの)一統と組んで村上義清を北信濃へ追い返すか、逆に村上義清と盟を結んで滋野一統を海野平から追い出すかのいずれかしかありますまい。その二つの合戦がいかようなものになるかを想定できれば、軍師としての指南など造作もないかと」
「おお、確かにの」
 土屋昌遠が感心したような顔で頷く。
「問題は、御屋形様がどちらの戦により大きな利があり、次郎様の御初陣にふさわしいと考えておられるか、ということでありましょう」
「但馬守、そなたはどちらと考えるか?」
「日頃の御屋形様の仰せから推しますれば、海野棟綱(むねつな)と組んで村上義清と相対してもさしたる実利は得られず、敵対している村上義清と盟を結んででも海野平をせしめることを上策とお考えになるのではありませぬか。今、佐久で平賀の残党を掃討しているのは、あくまで当家に後ろ足で砂をかけた旧敵の始末としてであり、たまさか村上に尾を振っていましたが、村上義清との敵対が目的ではありませぬ。どちらかといえば、平賀の残党を使うて武田の実力を思い知らせ、先方から手を組みたいと持ちかけさせるための戦にござりまする。善光寺道(ぜんこうじどう)から村上を排除しても、さして領地は増えませぬが、海野平から滋野一統を追い出し、小県(ちいさがた)を分け合った方が何倍も自領が増えることになりまする。しいては、それが次郎様の御初陣における大きな武功となり、晴信殿が上げた戦果の何倍にもなることでありましょう。そういった意味で、御屋形様のお好みは後者と考えておりまするが」
 飯田虎春の見立ては明快だった。
 土屋昌遠をはじめとする列席者が、その見解に感心する。 
「そなたの申すことは、よくわかった。それを踏まえて上申書を作ることにいたす」
 柳沢信興も虎春の意見を採用した。
「大事なのは、ここからにござりまする。次郎様の御初陣はともかく、皆様は御相続について、どのように考えておられまするか?」
 狐(きつね)のように眼を細め、飯田虎春は一同を見廻す。
「……御相続は、御屋形様の胸三寸。われらが僭越(せんえつ)できることではあるまい」
 柳沢信興は渋面(しぶづら)で首を振る。
「いえいえ、次郎様の御初陣に臨むにあたり、一等大事なのはそこのところにござりまする。皆様もすでにおわかりのように、御屋形様は相変わらず晴信殿を幼名で呼び、その器量をお認めになっておりませぬ。片や、次郎様へのご寵愛(ちょうあい)は眼に見えて明らか、すでに結果は見えているも同然ではありませぬか。ここからは私見を申し上げますゆえ、どうか他言無用でお願いいたしまする」
 飯田虎春は細めた眼で再び座を見廻す。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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