「承知!」 将たちは評定の場から素早く動き始めた。 「若、これで策はまとまりました。何か、気になることはありませぬか?」 信方は硬い表情の晴信に訊く。 「いや、特にはない。皆の話を聞き、だいぶ覚悟が固まった。さりとて、怖気(おじけ)がすべて消えたというわけでもないのだ。出立までの間に、もう少し己の邪念を振り払いたいゆえ、不動明王様に願文(がんもん)を捧げようと思う」 それを聞き、信方は思う。 ――若は、まだ己と戦うておられる。そして、真の初陣はこれから始まるのだ。来たるべき時まで独りにして差し上げよう。 「さようにござりまするか。ならば、それがしは加賀守(かがのかみ)の陣へ行ってまいりまする。あ奴の隊もそろそろ退陣を始める頃合いゆえ」 「よろしく伝えてくれ」 「畏(かしこ)まりましてござりまする」 信方は主君の前を辞し、原昌俊の陣へ向かう。 まだ申(さる)の上刻(午後三時頃)を過ぎたばかりだが、辺りは宵の口のように昏(くら)くなっていた。 「信方、いったいどうした?」 原昌俊は訪ねてきた信方を怪訝(けげん)そうな顔で見る。 「そろそろ陣を引き払う頃だと思うてな」 「ああ、すでに殿軍とわが隊以外は退陣を終えたからな。いま若君の処(ところ)へご挨拶に伺おうと思うていたところだ」 「若はいま不動明王様に願文を捧げられている最中だ。そなたによろしくとの御伝言があった」 「さようか……」 「昌俊、最後にひとつ、頼みがあるのだ」 「何であるか?」 「そなたの隊が出立したならば、なるべく、ゆるりと若神子(わかみこ)を目指してくれぬか」 「なるべく、ゆるり?……敵に追撃の兆候でもあるのか?」 「まあ、そんなところだ。何かあったならば、すぐに早馬を飛ばして知らせるゆえ、そなたの判断で動いてくれ」 信方の様子から、昌俊は微かな違和を感じ取る。 「信方、何を企んでおる?」 「……別に、何も企んではおらぬ」 「嘘をつけ! 鼻の穴が膨らんでいるぞ。そなたは話をごまかそうとする時、必ず鼻の穴が膨らむ」 「な、何を申すか……」 「まさか、わざと敵の追撃を誘い、一戦交えるつもりではなかろうな」 昌俊は鋭い視線を向ける。 信方は一瞬、口をへの字に曲げ、黙り込む。