連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志15 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「勝千代、咎というのは、罪科(ざいか)が伴うものぞ。そのことを解した上で申しているのであろうな?」
 信虎は非情な声色で言い放つ。
「……はい、わかっているつもりにござりまする」
「まさか、父が子に罪科を処すはずがない、などという生温(なまぬる)い期待は抱いておるまいな?」
「……はい」
 観念した面持ちで、晴信は頷(うなず)いた。
「よかろう。己の言葉を肝に銘じておけ、勝千代。後で悔いても、吐いてしまった唾は呑めぬぞ」
「……承知……いたしました」
 打ち拉(ひし)がれた晴信のために、信方が声を上げようとした、まさにその刹那だった。
「お待ちくださりませ、御屋形様」
 執り成しに入ったのは、原昌俊(まさとし)である。
「何であるか、加賀守(かがのかみ)?」
 信虎は怪訝(けげん)そうな面持ちで訊く。
「陣馬(じんば)奉行をお預かりする身として、お訊ねしとうござりまする。若君様がお落としになりました海ノ口城はいかがなさりまするか」
「海ノ口城?」
 信虎は酔眼を細めて思案顔になる。
「……あのような小城に将兵を張り付けて守るのは、損でしかなかろう。捨て置け」
「すぐに兵を引くだけでよろしいと?」
 原昌俊が確認する。
「その通りだ」
「何もせず、にござりまするか?」
「さようだ。人を置く価値もなかろう。違うか、加賀守」
「確かに、将兵を置いて維持するだけの価値はないやもしれませぬ。されど、残念にござりまする」
「何が、だ?」
「ただ兵を引くのは、少々もったいのうござりまする」
「だから、なにゆえだと訊いておる?」
 少し苛(いら)ついた表情で、信虎が昌俊を睨む。
「平賀玄心は籠城に備え、それなりの兵糧や薪(たきぎ)の類を海ノ口城に運び入れていたようにござりまする。何もせずに兵を引くだけではなく、せめてそのぐらいは運び出しとうござりました」
「はぁ?」
 信虎の両眼に怒りが宿る。
「何を当たり前のことを申している。戦(いくさ)に勝ったならば、相手の財を分捕ってくるのは当然のことではないか!」



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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