第七章 新波到来(しんぱとうらい)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「ただいま公方義輝(くぼうよしてる)様は新第(しんてい)を建築なさっているそうで、これが年内にも落成する見込みなゆえ、是非とも殿をご招待したいというお話にござりました」
「上洛(じょうらく)せよと?」
「その新第というのが、二条(にじょう)にありました斯波(しば)家の館跡、武衛陣(ぶえいじん)に建てられるそうなので、斯波家とも縁の深い殿にお越しいただきたいということにござりました」
「その真意は?」
信長は矢継早に問いを発する。
「おそらく先日身罷(みまか)った三好(みよし)長慶(ながよし)と関係があるのでは」
丹羽長秀は永禄七年(一五六四)七月に病死した三好長慶のことを話し始める。
京の都で長らく権勢を誇っていた長慶が亡くなったことで、公方の足利(あしかが)義輝と三好一派の関係が大きく変化した。
長慶の死後、甥(おい)で十河(そごう)一存(かずまさ)の息子である三好重存(しげまさ/義継〈よしつぐ〉)が新たな惣領(そうりょう)となり、三好三人衆や松永(まつなが)久秀(ひさひで)が補佐にあたることになった。
しかし、偉大な惣領を失った三好家の権力失墜は誰の眼にも明らかだった。
それをはっきりと意識した足利義輝は諸国の大名に御教書を送り、公方親政の復活に向けて上洛を促していた。
信長は去る永禄二年(一五五九)二月にいち早く上洛しており、義輝に謁見していたため、今回も直々に使者が訪れたのである。
「新第落成の祝いに駆けつけた臣下には、新たな官位の周旋などを行い、この機に公方様は三好一派と対抗する実権を確立しようとなされておられるのではありませぬか」
丹羽長秀の言に、信長は薄く笑う。
「で、あろうな。されど、今は美濃攻めが佳境に入っておる。都で遊山(ゆさん)などしている暇はない。適当に進物などを贈り、お茶を濁しておくがよい」
「畏(かしこ)まりました」
「問題はわれらが美濃へ出張っていくと、飛騨まで力の及んだ武田信玄と国境を接することになるということだ。早晩、東海道でも武田と向き合うことになろう。されど、武田信玄とは事を構えたくない。掃部(かもん)、飛騨の姉小路(あねこうじ)良頼(よしより)を蹴散らしてから、武田は何か言ってきたか?」
信長は武田家との折衝を担当している織田掃部介忠寛に訊く。
「いいえ。まだ何も」
「さようか。ならば、先手を打って、こちらから何かを持ちかけた方がよいかもしれぬな。さて、どうするか……」
鋭く眼を細め、信長が思案する。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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