よみもの・連載

信玄

第七章 新波到来(しんぱとうらい)6

海道龍一朗Ryuichiro Kaitou

 昨年、信玄は菩提寺の恵林寺(えりんじ)に希菴玄密を迎え、母であった大井(おおい)の方(かた)の十三回忌法要を営んでいた。
 これはこの折衝事の話が持ち上がる前に決まっていた法要であり、今回の来訪が重なったことはまったくの偶然だった。
「して、本日の用向きは、なんであろうか?」
「本日罷(まか)り越しましたのは、尾張の織田弾正忠(だんじょうのじょう)、信長様よりご依頼を受け、ここにおります宗恩殿を武田家にご紹介するためにござりまする。では、宗恩殿。ここからはそなたより、お話しくだされ」
 希菴玄密は沢彦宗恩に話を受け渡す。
「はい。拙僧は織田家の右筆(ゆうひつ)を務めておりまして、こたびは信長様の名代として言祝(ことほ)ぎをお伝えに参りました。武田家におかれましては、信玄様のご子息、諏訪勝頼殿が先日、見事に初陣を飾られたとお聞きしまして、ますますのご発展をお喜び申し上げまする」
 宗恩は頭を下げながら言葉を続ける。
「実はこたび勝頼殿への御縁談をお持ちいたしました」
「勝頼に縁談?」
 信玄が微(かす)かに眉をひそめる。
「はい。もしも、先に他家とのお話などが進んでおりませぬのであれば、是非にここで申し上げとうござりまする」
「勝頼はまだまだ若輩者であり、諏訪家の当主として成熟していくのはこれからの精進次第だ。まだ嫁取りの話など持ち上がっておらぬが、相手はことさら重要であり、しっかりと吟味せねばならぬ」
「仰せの通りかと。では、当方からのお話を申し上げても、よろしゅうござりましょうや?」
「構わぬ。聞かせてくれ」
「有り難き仕合わせ。先日、信玄様ともご縁の深き美濃恵那郡の国人衆、遠山直廉殿の御息女が織田家の養女となることが決まり、その際にはこちらにおられる玄密殿に仲介の労をとっていただきました。ご存じかとは思いますが、直廉殿は信長様の妹御の伴侶でありますゆえ、織田家と遠山家は二重の縁で結ばれることになりました。これから、その御息女は織田家の正式な姫として迎えられ、御裳着を迎えるまで万全を期して育てられることになりまする。拙僧がお持ちした御縁談とは、まさに織田家の新たな姫様と諏訪勝頼殿の御婚約にござりまする」
 沢彦宗恩は本題を切り出した。
「養女は遠山直廉の娘と申したな」
 信玄が聞き返す。

プロフィール

海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。

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