第七章 新波到来(しんぱとうらい)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
この頃の遠山一統は武田と織田の両家と友好を結ぶという珍しい両属状態にあった。
遠山直廉はその立場を生かし、武田との折衝を任された織田忠寛に協力し、大圓寺(だいえんじ)、安国寺(あんこくじ)、政秀寺(せいしゅうじ)などの響談僧を使い、武田と織田の外交を仲介していた。
織田忠寛が言った通り、直廉と武田家の関係を考えると、確かに縁組にはふさわしい相手だった。
ただし、問題は遠山直廉の娘がまだ齢四の身空(みそら)だということである。
「縁組に際し、直廉殿の御息女を殿の御養女となされ、御裳着(おもぎ)が済むまで織田家の姫として大事にお育てになると約束なされば、よろしいのではありませぬか。殿の御息女とならば、勝頼殿の正室としても不足はござりませぬ。加えて、御裳着までは、あと十年。武田家ともその位の将来を見据えた縁組になるという利点もござりまする」
織田忠寛が力説した。
「縁組は、縁組。将来のことを含め、今は婚約でも充分ということか」
信長が再び眼を細める。
「よかろう。進めよ、掃部」
「有り難き仕合わせ」
「ただし、慎重に進めよ。武田信玄は利に聡(さと)く、用心深い漢(おとこ)だと聞く。不審を持たれぬよう、武家ではない仲介役が必要かもしれぬ。確か入道しているはずだから、坊主がよいかもしれぬな」
「それならば、遠山家菩提寺(ぼだいじ)である大圓寺の住持、希菴(きあん)玄密(げんみつ)殿が武田信玄殿とは旧知の仲だという話を聞いたことがありまする」
「どこの坊主だ?」
「臨済(りんざい)宗妙心寺(みょうしんじ)派の高僧にござりまする」
希菴玄密は京の妙心寺の管長職を五度も務め、快川国師(かいせんこくし)と並んで「臨済宗の二大徳」と称されている高僧だった。
「禅僧か。ならば、こちらにも同じ宗派の沢彦(たくげん)を立て、甲斐の臨済宗に当たりをつけさせよ」
沢彦宗恩(そうおん)は幼少の頃から信長の修学の師だった臨済宗妙心寺派の大住持である。
「承知いたしました」
織田忠寛が頭を下げた。
─―武田との縁組がまとまれば、後顧の憂いなく美濃攻略に邁進できる。
信長の犀利(さいり)な双眸(そうぼう)は、その先にある上洛をも見据えていた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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