第七章 新波到来(しんぱとうらい)6
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
「少し前に元服した信玄殿の四男、諏訪(すわ)勝頼(かつより)殿との縁組を持ちかけてみるのはいかがにござりましょうや?」
織田忠寛が提案する。
「縁組か……。難しそうだな」
「諏訪家の名跡(みょうせき)を嗣いだとはいえ、勝頼殿は信玄殿の実子にござりまする。このまま手をこまぬいておれば、今川(いまがわ)家か、北条(ほうじょう)家が縁組を持ちかけることは眼に見えておりまする。そうなる前に、縁組を申し入れた方がよいかと」
「確かにな。されど、ふさわしい相手がすぐに思い浮かばぬ」
信長が眉をひそめる。
「思い切って遠山(とおやま)直廉(なおかど)殿の御息女はいかがにござりましょう?」
織田忠寛が言った遠山直廉とは、美濃恵那(えな)郡の国人(こくじん)衆で信長の妹婿だった。
「直廉の娘?……この間、生まれたばかりではないか」
「齢(よわい)四と聞いておりまする。されど、御息女の年齢よりも直廉殿と武田の関係が重要と考えまする」
「まあ、それも一理あるか」
信長は顎髭(あごひげ)をしごきながら思案する。
遠山直廉は美濃の有力な国人衆、遠山景前(かげさき)の三男として恵那郡の岩村(いわむら)城で生まれた。
当時、遠山家は恵那郡を中心に岩村、明照(あてら)、明知(あけち)、飯羽間(いいばま)、串原(くしはら)、苗木(なえぎ)、安木(あぎ/阿木)を拠点とし、七家に分かれて美濃国東部に勢力を誇っていた。
この七家が遠山七頭と呼ばれ、中でも岩村、苗木、明知の三家は別格とされ、三遠山として一門に君臨した。
遠山一統は美濃の国人衆として斎藤道三に従属していたが、天文(てんぶん)二十三年(一五五四)に武田家が信濃(しなの)の伊那(いな)郡を制圧すると、遠山七頭は信玄の誘いに応じて傘下へ加わる。
信濃の伊那郡と美濃の恵那郡が隣接しており、武田家の力を重く見て、領地の安堵(あんど)のために鞍替(くらが)えしたのである。
弘治(こうじ)二年(一五五六)に、遠山直廉の父であった景前が病没し、跡目争いが起こると、信玄の強力な後押しで直廉が味方した長兄の景任(かげとう)が岩村遠山の惣領となった。
そして、この頃から美濃の斎藤家を相手に勢力を拡大し始めた織田家とも誼(よしみ)を通じている。
苗木遠山家を嗣いだ直廉は、永禄三年(一五六〇)の桶狭間(おけはざま)の戦いに織田方として参戦した。この時の戦(いくさ)働きを気に入られ、信長の妹を娶(めと)ることになったのである。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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