――若君様が禄を取り崩し、褒賞をくださる!? 皆は戸惑いの色を浮かべながら、隣の者と顔を見合わせる。 「若君様、御顔をお上げくださりませ。皆が困っておりまする」 嗄(しわが)れた声を発したのは、諸角虎定だった。 「勝手を承知で城へ攻め上がったのは、われらも同じにござりまする。おかげさまで、末代までの語(かたら)い種(ぐさ)ができました。喜びこそあれ、若君様をお恨みする者など、ここには一人としておりませぬ。そうであろう、皆?」 「おう!」 他の者たちも口を揃えて賛同する。 「若君様、ご覧の通りにござりまする」 「……そう言ってもらえると、少しは気が楽になる」 顔を上げた晴信の双眸(そうぼう)がわずかながら潤んでいた。 「ともあれ、ここに陣馬(じんば)奉行がおられるということは、敵城を落とした功績だけは御屋形様にお認めいただいたということにござりましょう。違うか、加賀守(かがのかみ)殿」 諸角虎定が原昌俊に訊く。 「相違ありませぬ、諸角殿。若君様が仰せの通り、残念ながら城攻めの褒賞はいただけぬ。されど、この戦にはまだ城の破却という手仕舞いが残っており、それを皆に手伝うてもらいたい。その働きについては、別の恩賞がいただけるよう段取りするつもりだ」 「おおっ」 一同が小さくどよめいた。 「信方、殿軍に預けた兵糧(ひょうろう)と酒はまだ残っているか?」 今度は原昌俊が信方に訊く。 「兵糧は少し残っており、酒の方はまだ手つかずだ。軆(からだ)を暖めるために配ろうかと思うたが、山の登攀(とうはん)があったゆえ、止めておいた」 「さようか。ならば、粥(かゆ)を炊き、酒を振る舞い、皆で戦勝の宴を開くのはどうだ」 「それは名案であるな。すぐに手配りしよう。若、よろしゅうござりまするな」 「ああ、皆を労うてやりたい」 晴信もやっと笑顔になった。 それから主郭でささやかな祝宴が開かれる。敵城に残されていた酒肴(しゅこう)も出され、将と兵の分け隔てなく振る舞われた。 やっと戦の緊張から解かれ、一同は車座になって酒を汲み交わす。 ほろ酔い加減となった信方が、跡部(あとべ)信秋(のぶあき)の隣にどかりと腰を下ろした。 「信秋、そなた、御屋形様に殿軍の行状をすべて報告していたのだな」 「ええ、さようにござりまする。御屋形様から早馬で逐一、報告せよとの仰せがありましたゆえ。それがどうかいたしましたか?」 「御屋形様があまりに詳細までご存じゆえ、少々驚いたぞ」 「駿河守(するがのかみ)殿、まさか、この身が告口(つげぐち)をしていたかの如く思われているのではありますまいな?」 跡部信秋は心外そうに眉をひそめる。