「板垣、何をせねばならぬかは、よくわかった。されど、己が覚悟を揺るぎなきものにするため、ほんの少し時をくれぬか」 「もちろんにござりまする」 「では、信繁と話をしてくる」 今度は晴信の言葉に、信方が驚く。 「まことにござりまするか!?……ご一緒いたしましょうか」 「いや、一人で大丈夫だ。信繁とは、もう蟠(わだかま)りなどない」 「さようにござりまするか」 「一刻(二時間)したら戻ってくる」 そう言い残し、晴信は室を出ていった。 信方はそのまま正座し、じっと帰りを待った。 ちょうど一刻が経った頃、晴信が戻ってくる。 「板垣、待たせてすまなかったな」 その顔は憑(つ)きものが落ちたように晴れ晴れとしていた。 「甲斐一国の立て直しと武田一統の行末のために立つことにした。よろしく頼む」 「承知いたしました」 「さっそく、皆を集めてくれぬか」 晴信は精悍(せいかん)な顔つきで言う。 覚悟を決めた漢(おとこ)の面相だった。 「御意!」 信方は両手をついて応えた。 こうして二人を中心に武田家の中で第三の勢力が動き始めた。