連載
「新 戦国太平記 信玄」
第一章 初陣立志12 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「若、物見の様子を確かめてまいりますゆえ、陣内の帟(ひらはり)に戻ってお待ちくださりませ」
「ああ、そなたの言う通りにする」
「では、後ほど」
 信方はその場から足早に跡部信秋の処へ向かう。
「伊賀守(いがのかみ)、敵城の様子は摑めておるのか?」
「ええ、抜かりはありませぬ。朝から間断なく諜知(ちょうち)の者たちを放っておりますゆえ」
「して、城内の様子は?」
「おそらく、向こうはわれらの退陣に感づいておりまする」
「追撃の支度をしているということか?」
「いいえ、城内が妙な安堵の空気に包まれているとのこと。すでに、寒さを紛らわすために盃を傾けている者もおるらしく、すっかり武田を撃退した気になっているのではありませぬか。われらがこの雪の中を尻尾を巻いて逃げ始めた、と」
「さようか……」
 信方は顎髭をまさぐりながら思案顔になる。
「それだけの内情が摑めているということは、城中に忍び込める者がいるということだな」
「もちろんにござりまする」
「ということは、城までの登攀路(とうはんろ)も確保しているということか?」
「だいぶ前から敵の知らぬ隠し路(みち)を創ってありまする。ここでの滞陣もすでに一ヶ月以上になりますゆえ」
 信秋は得意げに笑う。
「その隠し路は、足軽たちでも使えそうか?」
「ほう、これはまた、面白きことをお訊ねなさる。まるで城攻めの策でもお考えになっているかのような口振り」
「さようだ、と申したならば」
 信方は探るように物見頭(ものみがしら)の両眼を見つめる。
「ますますもって面白い。敵方の緩み方を知れば欲も出て、そのような奇策も頭をよぎりまするが、それを知る前から城攻めを考えておられるとは、慎重な駿河守(するがのかみ)殿らしからぬ振舞い。まことに面白うござるが、いったい、いかがなされましたか?」
「そなたが申すように、われらが雪の中を尻尾を巻いて逃げるしかないと敵方に思われるのは我慢がならぬ。尻から突かれることを怖れながら退くよりも、攻めてこないと高をくくっている敵を叩いてから撤退する方がよいのではないかと考えた。敵城の奇襲、そなたはその策にいかほどの成算があるとみるか?」
「逃げるはずの殿軍が敵城をまさかの奇襲とは、諸角殿や鬼美濃殿が聞けば、喜んで賛同してくれそうな策。それがしも面白いと思いまする。されど、成算となれば話は別、われらにとっては超えねばならぬ難関がいくつかあるかと」
「それについて聞きたい」
「では、まずは駿河守殿の最初の問いに戻り、お答えいたしまする。われらが創った隠し路は忍びの者が動くための、いわば獣道(けものみち)のようなもの。そのため、目立たぬよう一人しか通れませぬ。とはいえ、足軽が使えぬというわけではなく、足軽が登攀するにしても一人ずつの縦列となり、それなりの時をかければ城へ到達できまする。ただし、問題は城に寄せる足軽の数が限られるということ」



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〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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