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連載
「新 戦国太平記 信玄」
第二章 敢為果断(かんいかだん)10 海道龍一朗 Ryuichiro Kaitou

「それは助かる」
「されど、兵が戦いに専心できるだけの兵糧というのが問題だ。正直に申せば、すでに兵糧蔵は空も同然、潤沢な兵食を出そうとすれば、家臣の禄がまた滞るやもしれぬ……」
 眉をひそめ、昌俊は渋面になる。
「そのことについてなのだが、輜重(しちょう)隊を諏訪家に任せることはできぬか?」
 信方の言った輜重隊とは、前線に補給すべき兵糧、具足、武器などを輸送する役目のことである。
「輜重を諏訪家にか……」
 少し思案した後、昌俊が眼を見開く。
「われらの兵に与える食を、諏訪から出させるという策か!?」
「さよう。佐久での合戦は地勢から見ても、諏訪家と無縁ではない。前線にて戦わずともよいゆえ、少しばかり兵糧を負担してもらうということだ。禰々(ねね)様との縁組も決まったことであり、諏訪頼重がそのぐらいの気前を見せてもよかろう」
「なんともはや、強引な策であるな。だが、それで成算があるということか?」
「成算があるというよりも、何とかするしかなかろう」
「まあ、確かにな。されど、諏訪家が素直に応じてくれるかどうか……」
「そこはほれ、御屋形様の覚えがめでたい御主(おぬし)ならば使者を任せてもらえるのではないか。それがしがお願いしたのでは御耳も貸していただけぬ」
「この身が自ら諏訪へ赴き、兵糧を分捕ってこいと!?」
「分捕るとは、人聞きが悪い。昌俊、そなたが御屋形様のお墨付きをもらい、結納品の代わりとでも言い、諏訪頼重の首を縦に振らせてくれ。そなたは武田家の奉行として先方の信任も厚いゆえ造作もなかろう」
「まるで、そなたの家来にされたような気分だ」
 昌俊は呆(あき)れ顔で苦笑する。
「すまぬが、こたびはこの面(つら)に免じ、貸しとしてくれ」
「わかったよ。他ならぬ御主の頼みだし、兵糧の供出を諏訪に任せるのは確かに助かる。ところで……」
 真顔に戻った昌俊が信方を見つめながら訊く。
「これほど佐久の戦にのめり込んでもよいのか?」
「なにゆえ、さようなことを訊ねる、昌俊」
「とぼけるな。佐久での戦いが次郎様の初陣の露払いであることぐらい、そなたにも察しがついておるであろう。そこには、晴信様の初陣よりも大きな手柄を立てさせようという御屋形様の意志が働いており、それを利用したがる輩もいる。わざわざ火種を大きくすることにもなりかねぬぞ」
「そうなのだとしても、出陣を避ける理由にはならぬ。信濃への進出は武田家の先々を占う大事な戦であり、それならば若にとっても将来の大事。次郎様の初陣があろうとなかろうと、こたびの戦いをしくじるわけにはいかぬし、首尾良く短期で終わらせねばなるまい。今は眼前の目的に専心いたすのみ」
 信方はきっぱりと言い切った。



 
〈プロフィール〉
海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう)
1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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